フランスで栽培されているスパイス(香辛料)はマスタード(コラム参照)とエスプレット産の唐辛子くらいだから、スパイスの数も限られているし、使い方もおとなしい。レストランでフランス風子羊肉のカレー煮をとったとする。まずカレーの量が少ないし、その辛さを生クリームでやわらげたりしている。スパイスがひとつだけ目立っていてはいけないのだ。
辛みはコショウとマスタードで
フランス料理の辛みは、まずコショウ。今ではフランス料理のほとんどに入る、といっても過言ではない。辛さのほかに、どこか野性的な香りを生かしたい。黒い粒コショウpoivre noir en grainsを買ってきてミルに入れ、使用前にひくことにしよう。ステーキなどには、ミルを食卓に置いておき、食べる直前にひきかければうまさが倍ちがう。皮をのぞいてから乾燥させた白コショウは辛さも香りも柔らかで、魚料理の白いソースに入れるといい。ぼくはこれも黒コショウですましている。
マスタード(コラム参照)は、さまざまな肉の煮込みやロースト、ステーキやシュークルートを食べるときに欠かせない。マスタードは火を通すと辛みがほとんどなくなるので、鶏の白ワイン煮やウサギのローストLapin entier à la moutarde に使ったり、さまざまなソースに加えて、そのうまみを利用したいものだ。サラダのヴィネグレットソースにもよく入るが、ひかえめにしたい。
辛いスパイスといえば、バスク地方産のエスペレット産唐辛子piment d’Espeletteもあるが、辛いだけでなく、どこか甘い風味がうれしい。粉末状のものがパリでも簡単に手にはいるようになった。バスク料理、中でも子牛肉の煮込みには欠かせない。
丁字、ナツメグ、シナモン、バニラ
ほかに常備しておきたいフランス料理用スパイスといえば、まず丁字の花のつぼみを乾燥させクローブclou de girofle。インドネシアのモルク諸島原産で、その正露丸を思わせる強い香りが、牛肉の赤ワイン煮やポトフの味わいを深める。とり出しやすいようにふつう、玉ネギに1本とか2本刺して加える。プラムやイチジクの砂糖煮にもほしい。ノエル名物のvin chaud(コラム参照)にもナツメグやシナモンといっしょに入っている。
ナツメグnoix de muscadeはインドネシアのバンダ島原産で、この貴重なスパイスの交易を独占するために、17世紀初め、オランダ東インド会社は島民の大部分を虐殺したという暗い歴史をもつ。その独特の香りはジャガイモのグラタンやマッシュに欠かせない。ベシャメルソースやポタージュの隠し風味にもいい。固い丸い種をおろしてから加えるのだが、専用のおろし器があると便利。
独特の甘みと香りのシナモンcannelleは、カレーに入ったりもするが、主にデザート用のスパイスだ。樹皮を粉末にしたものと細長く巻いた形のものとがあり、用途によって使い分ける。リンゴとの相性がよく、砂糖煮に加えたり、アップルパイの上から振りかけたりする。そして粉末のシナモンをたっぷり使ったシナモンロールのおいしさ!トルコではコーヒーに、インドでは紅茶に、シナモンの香りをつける。
バニラの主な産地は、フランスの海外県レユニオン島。その甘くこびるような香りは、各種パイ、クラフティ、果物入りケーキ、クレーム・アングレーズなどの味わいをグレードアップしてくれる。1本2ユーロ前後と高価なので、乾燥してなく、つやがあって、しなやかなものを慎重に選びたい。(真)
Moutarde
クロガラシmoutarde noireやシロガラシmoutarde blancheの種を乾燥して粉末にしたものがマスタード。英国では粉末のまま市販されているが、フランスでは、これに、verjusという熟成前の酸っぱいブドウ汁やビネガー、白ワインを混ぜ入れ、練り合わせる。マスタードの種をきめ細かくひいてつくられるmoutarde de Dijonと、種を粗くひいたものが原料のmoutarde à l’ancienneがある。「ディジョン風」は辛さが売りもの。種の粒々が見える「昔風」はそれほど辛くなく、まろやかな風味。和辛子がほしいときは、英国製の粉末に水を加えて好みの固さに練ることにしよう。
Quatre-épices
スーパーで簡単に手に入る小瓶入りのミックス・スパイスがquatre-épices。ふつう、クローブ、ナツメグ、シナモン、コショウ(ときにはショウガ)の四つの粉状のスパイスがミックスされている。牛肉のワイン煮やカレー、あるいは各種ソースに入れたり、肉団子に混ぜ入れたり、果物の砂糖煮やホットワインに入れるのもよし、常備しておくと、なにかと役に立つものだ。ただし、アップルパイに振りかけるときは、やはりシナモンのみです。
Vin chaud
たとえばノエルのパーティー、vin chaudでスタートだ。ボージョレやらボルドーやらの赤ワインを2本大鍋にとる。薄く切った親指大のショウガ、クローブ2本、八角2個、シナモン2本、おろしたナツメグ少々、砂糖200~250gを加える。砂糖の量を減らしてハチミツ適量を加えるのも悪くない。鋭利なペティナイフでオレンジ1個分の皮を薄くそぎ切り、白い部分は苦いので切りはずし、ワインに加える。ごく弱火にかけ、沸騰したらさらに7,8分、ことことと火をとおせばでき上がり。グラスや茶碗に茶こしを通して注ぎ、薄切りのオレンジを飾って味わえば、体が芯からあたたまる。「ジョワユー・ノエル!Joyeux Noël!」