『La Princesse jaune 黄色い姫君』
音楽史上初、日本を題材にしたオペラ。
前述したように、サン=サーンスは非西洋世界に大きな関心を示し、生涯を通して旅行を重ねた。日本を題材にしたオペラというとプッチーニの『蝶々夫人』がとくに有名で、オペラ通ならマスカーニの 『イリス』やメサジェの『お菊さん』などをご存知の方もいるかもしれない。しかし、サン=サーンスが西洋音楽史上で初めて日本をテーマにしたオペラを作曲したことは、ほとんど知られていないだろう。
La Princesse jaune (『黄色い姫君』)は1872年に作曲・初演された1幕のオペラ・コミック(台詞と歌が交互に出てくるオペラ)で、ジャポニズムの潮流の中で生まれた。あらすじは、オランダの若者が屏風に描かれた日本女性に憧れ、薬物で恍惚状態となって(当時は知識層の間でハシシなどの薬物が服用されており、大作家たちもこれをテーマに文学作品を残している)絵が生きて動き出したと勘違いする。幻の日本女性とは実は彼に恋心を抱く従姉妹で、我にかえった主人公は彼女の愛を受け入れる、というもの。
初演当時の評判はあまり芳しくなかった。舞台で日本ブームが起こるのはその3年後の1875年、ガルニエ宮のこけら落としシリーズで上演されたバレエ 『イェッダ Yedda』以降のことだ。美術界で大ブームを巻き起こしていた浮世絵や工芸品が舞台装飾や衣装に取り入れられ、その豪華さで多くの観客を引き寄せたのだ。『黄色い姫君』はそれを先取りした形で美人画を屏風に再現。ほとんど再演されなかったとはいえ、サン=サーンスがどれだけ時代の先端を行っていたかを物語っている。
今年、作曲家の没後100年を機にフランスロマン派音楽センター 「パラゼット・ブリュ・ザーネ」によって全曲がレコーディングされ(20世紀半ばにいくつか上演・録音がなされたが、レパートリーとして定着することはなかった)、2022年にリリース予定となっている。この機会に当時の音楽が日本をどのように捉えていたかを味わってみてはいかがだろう。(次頁に『黄色い姫君』公演情報)。