1990年代にフランスに移住し、もう日本名を名乗る機会もほぼなくなったというセレスト・ガイヤーさんは、パートナーとともに劇団を運営して17年。そろそろ退職後の生活も模索し始めた昨今、フランス国籍を取得した。
O: なぜフランスに?
C: 仏文学を専攻していた大学時代に1ヶ月間パリでホームステイを経験しました。その時にここが自分が暮らすべき街だと感じました。コンセントにカチッとはまって電気がついたような感覚です。同時に、パリで絵を描きたい!という気持ちが高まって、卒業後にお金を貯めて、学生ビザで1年間だけ戻ってきました。その頃、日本で積極的に私の絵を買ってくれる人物が現れて、それから3~4年はその収入でパリと日本を往復していました。
O: 本格的にフランスで暮らすようになったのは?
C: 1997年に、知り合いからパリ郊外のアパートを借りて住み始めてからです。生活費は貯金から。ビザが切れそうになったら、シェンゲン圏外に出てまた戻るということを繰り返していた最中に今のフランス人の夫と知り合って、2年後に結婚しました。それからは、仕事も生活も彼と二人三脚の暮らしです。
O: どんなお仕事を?
C: 絵で生計を立てるのは難しかったので、当初は、コピーライターだった夫と組んで、グラフィックデザインの仕事をしました。2005年からは、二人で劇団を立ち上げて、全国で子供向けの教育的な演劇を行なっています。私は役者として舞台に立つかたわら、舞台装置の準備や地方公演時のロジスティックな作業に加えて、昨年、夫が退職してからはマネージメントも担当しています。
O: フランス語で話せることは大切だと思いますか。
C: 言葉をしっかりと学んで、きちんと意思表示できることはとても大切だと思っています。特に病院にかかったときにその必要性を痛感しました。できるだけ正しいフランス語を話せるようになるために、今でも夫と話すときは必ず私の言葉の間違いを直してもらうようにしています。
その一方で、数年前に自分の中から日本語が抜け始めていることに気づいて、あえて日本語で会話をする機会も作るようにしました。それ以来、日本人の友人が数人できたんですが、もうだんだん二か国語とも衰えてきていますね(笑)。
O: 「セレスト」って素敵なお名前ですよね。
C: 舞台の仕事で出会う人たちとの関わりはその場限りのものが多いので、一瞬で名前を覚えてもらえないと不便なんです。それで自分で「セレスト」を通名にして定着させました。語源は、私の日本名の持つ意味から来ています。去年、フランス国籍をとったのをきっかけに、身分証明書にもセカンドネームとして併記されるようになりました。
O: なぜフランス国籍をとったのですか?
C: まず、日本に家族がいないので、この先向こうに戻って暮らすつもりがないということと、フランスの文化や歴史が好きだという前提があります。その上で、この国がだんだん極右化していく空気を感じたので、国籍を得ておく方が安心だという漠然とした思いも2、3年前からありました。最終的には、コロナ禍での(国民に対する)フランス政府の経済援助政策に感銘を受けて決意しました。
O: フランス人になって何か変わりましたか?
C: 以前よりも日本人という立場での視点を持つ機会が減って、物事を考える軸がフランスになりました。と同時に、ヨーロッパ人という自覚も芽生えたので、以前よりもさらに欧州情勢に関心を持つようになりました。
O: セレストさんにとって日本とは?
C: 高校時代の友だちのような。途中まで一緒に育ってきたけれど、卒業後はそれぞれ別の道を選んで、距離的にも遠い存在になっている。でも全く分かり合えないわけでもなく、ずっと友だちでもあり、お互い話が合わなくなっているのはあえて指摘しない、という関係に似ています(笑)。(七)