江利チエミに魅せられて

ファブリス・ジェリ

ファブリス・ジェリ

 江利チエミ(1937-82)は昭和の戦後歌謡を代表する女性歌手のひとりである。美空ひばり、雪村いづみと共に三人娘と呼ばれ、テレビが一般に普及する以前に映画で大活躍(出演映画数約50本)、テレビ時代になってからは「さざえさん」が当たり役だった。「生活のために」12歳で進駐軍キャンプでジャズを歌っていたところを注目され、14歳でキングレコードから「テネシー・ワルツ」でデビュー。15歳で渡米してレコードを出し、ショーも打つという快挙。米ヒット曲のカヴァーから歌謡曲、民謡まで幅広いレパートリーの歌で知られる。22歳で俳優高倉健と結婚。しかし、私生活では継母、義姉などとのトラブルが絶えず、高倉とは子宝に恵まれず離婚、近親者による財産横領事件などもあって、1982年2月に45歳で急逝するが、死因は謎に包まれている。どちらかと言えば、不幸な生涯だったような印象がある。

 この日本人歌手を「エラ・フィッツジェラルド、セリア・クルーズと比肩する」と称賛して、自ら設立した独立レコード会社から、自ら監修・選曲した16曲入り江利チエミの編集盤を発表したフランス人の若者がいる。ファブリス・ジェリはパリ東郊外バニョレでレコード会社AKUPHONE(アクフォン)をたった一人で運営していて、2016年4月、同社の第2弾リリースとしてアルバム『CHIEMI ERI』(CDとLP)を世に出した。

zizique01▶︎ 江利チエミはどうやって知ったの?
ファブリス・ジェリ(以下FG) 僕はもともと日本のレコードはロックや歌謡曲や民謡などジャンルを問わずよく蒐集(しゅうしゅう)していたんだけど、パリのレコードショップや蚤の市でのことなので、チョイスも少なく手当たり次第で、このLP(と私たちに見せる)『チエミの民謡集』(1958年キングレコード、江利チエミ初の8曲入りLP、伴奏:見砂直照と東京キューバンボーイズ)を見つけたのも全くの偶然だった。強烈なショックだった。日本のトラッドの旋律と歌唱がラテン・ミュージックと溶け合った未体験の新しさだった。僕はチエミのレコードを蒐集するために日本に行ったり、インターネットを使ったりして出来る限りのチエミ盤を集めたんだ。その結果、このアーチストの最も面白い時期というのは50年代末から60年代初めの頃だったというのが僕の結論だった。そこで58年から62年の音源で、僕の出来たばかりの会社から出そうと思ったんだ。

▶︎ チエミはジャズやポップスも歌っているのに、あなたの選曲は民謡・俗曲に特化してるけど、どうしてですか?
FG それが最も僕には興味深いんだ。ジャズとラテンの出会いはどこにでもあるけれど僕らは聴いたこともない音楽に惹かれる。民謡という優れて日本的な音楽と当時世界的に流行していたアフロ・キューバン音楽が混ざり合っているから驚きが大きいんだ。

▶︎ あなたの紹介文ではチエミの歌唱にエラ・フィッツジェラルドとセリア・クルーズを、その音楽に同時代のセルジュ・ゲンズブールを引き合いに出してますね。
FG この歌唱の味わいは世界的大歌手のものであることは異論がないだろう。それと50年代末には世界的なキューバ音楽の流行があって、ゲンズブールはフランスで最初にシャンソンとラテンを融合させた人のひとりさ(「マンボ・ミャムミャム」1959年など)。だから、この時期のチエミも一種の世界的な「マンボ革命」の発露として、世界で最も新しい音楽とシンクロしていたと思うんだ。

▶︎ AKUPHONEはチエミの他に、中国、スリランカ、カンボジアの古いポップスを発掘してるけど、アジアのスペシャリストなの?
FG 僕の蒐集興味に地域の限定はないけれど、今はアジアのコレクションに自信があるから発表していける。とりわけ日本はレコード生産もアジアで群を抜いているから、まだまだ面白いものに出会えると思う。日本には3度行ったことがあるし、その度に新しい発見がある。」

▶︎ 日本の音楽で新たにAKUPHONEで出したいものは?
FG 沖縄のポップスにはとても興味があり、沖縄にレコード集めに行ったこともある。日本本土とはコードもモードも異なるエキゾティスムだし、アジアにも欧米にも開かれてる部分もあって…。

 AKUPHONE商品はFNACなどで一般的に流通しているものではなく、マニアックな独立系専門レコード小売店とインターネットでのみ入手可能。レコードおたくの琴線をくすぐる独立レーベルである。この『江利チエミ』盤はフランスではマニア向けかもしれないが、私たち在仏日本人ディアスポラには、並々ならぬ郷愁とノスタルジーで涙するものもあろう。憎いことに、おまけで若々しい日本髪&着物の江利チエミのブロマイドつき。
「おこさ節」「おてもやん」「真室川音頭」「田原坂」「奴さん」「さのさ」…。フランス人にはエキゾティックな音楽でも、われわれ年配日本人にはそれだけではすまない。一緒に歌おうと思えば、歌詞カード(日本語とアルファベット転写)がついていて、この年末に宴会で使ってくれ、と言わんばかり。ありがとうファブリス!

文・向風三郎

この『江利チエミ』アルバム (CDかLPか配信)をご購入希望の方は以下のリンク (英語)へ
http://akuphone.com/catalog/2NtSfHMN#more