仲野麻紀著『旅する音楽』を読もう

 仲野麻紀は長年われらがオヴニーの重要な執筆者であり、言わば私たちの同僚・仲間である。今回の記事はフランスのメディアで言うところの「コピナージュ」であり、仲間うちのことを馴れ合いで褒めているという誹(そし)りを受けるかもしれないが、気にしない。音楽家(サクソフォン奏者)というメインの顔の他に、音楽レーベルやコンサート招聘(しょうへい)の仕事を切り盛りするプロデューサー、オヴニー紙などのリポーター/ライター、ブログで俳句を発表する俳人、料理教室講師など、多面の超多忙人である。その仲野が一体どうやって時間を作って書いたのか、10月に『旅する音楽』と題するハードカヴァーのノンフィクション本を発表した。その場でしか鳴らない/聴こえない音楽と向き合う、共に震える、その音を一緒に鳴らしていく、という旅する音楽家の西アフリカで、中東で、ブルターニュで、モロッコで、日本での実体験を綴った270ページのドキュメンタリーである。

 2002年からフランスに住む仲野は今日までの14年間に14回引っ越したと言う。そして1年の大半をツアーに出ているような印象がある。ノマードのような生き方で、電話連絡をつけても「今、モロッコよ」「今、日本よ」という返事が返ってくる。定住型で出不精の私には考えられない地球規模での神出鬼没さであるが、前触れもなくある日「これ、お土産」と私の事務所にふ〜っと現れたりもする。

 その事務所の中庭で5年前に某音楽雑誌のためにKy(キィ。仲野とフランス人ウード奏者ヤン・ピタールのユニット)にインタヴューしたことがある。その終わりに二人が即興で (たしかサティの曲だったと思う)を演奏してくれた。4階建ての建物に四方を覆われた長方形の中庭は、ほどよい音響空間だったのだろう、上階の住人たちが顔を出し聞き入ってくれ、終わりには喝采が起こり、期せずしてこういう瞬間に居合わせた私はとても幸福だった。
 仲野はその時に様々な苦労話もしてくれたのだが、それ以来私の仲野のイメージは音楽家よりも「空港の女」となった。しかも「空港でイライラする女」である。チェックインカウンターで大きな楽器を機内手荷物扱いしようとしない航空会社、到着地で公演に必要な荷物や機材が届かない、日本に共演者として招いたのに飛行機到着後もなかなか入国させてもらえないミュージシャンたち(ブルキナファソやレバノンなどのパスポートを持っているものだから)… 仲野は世界各地の空港でイライラしていて、大声で抗議し交渉する。役所や大使館とのやりとりもイライラの連続だ。しかし極度のイライラの末、最後には目的を達成する。

どうしてそこまでして?の答えがこの『旅する音楽』という本のいたるところにある。もちろん仲野は世話人ではない。表現者の一人として集団でその可能性を追う一人として、止むに止まれぬ欲求が彼女を突き動かしている。その発端が「脳みそを溶かしてしまうような、からだが自分のものでなくなってしまうような音楽を聴いてしまったから」と、ブルキナファソのバラフォン奏者との邂逅(かいこう)の章で言っている。このような衝撃を仲野はさまざまなところで受け、交感し、共振し、その場にいる至福をからだに取り込むだけでなく、それを共に鳴らしたいという衝動にかられる。そこから旅は始まり、仲野はそのバラフォン楽団が葬送儀礼の音楽を奏でるブルキナの村に赴き、人々が、土地が、空気がいかにこの音楽と共に生き、いかにその瞬間が祝福されているかを感知する。仲野の記述はそこにいる女たち、男たち、動物、作物、食べるもの(そのスペシャリストらしく、各章のこの部分の描写は楽しい)、土地の歴史(例えばブルキナの英雄サンカラのことなど)に至るまで、土地と民へのリスペクトにあふれている。

 全く異なった体験ではあっても、レバノンで、モロッコで、ブルターニュで、日本で、仲野が音楽に共振し、それに溶け込もうとする時の土地や人の歴史へのリスペクトは一貫している。ラマダン期のモロッコにあれば、仲野もラマダンしてしまうのである。その音楽との共振・共生への手探りでのアプローチのような姿勢に頭が下がる。その末にエッサウイラのスーフィー楽団との共演のステージ上で仲野はトランス状態まで体験する。

「サックスを吹きながら、躰が小刻みに震えだし、(…)頭を振り始めた。下半身は屈伸運動を始め、口から涎が出ている。しまいにはサックスを吹きながら回転し始めたのだ。」(p199)

 この旅の手帖は、世界の音楽と出会う時に陥る「西洋音階 vs 非西洋音階」という二元論から、体験的に解き放たれることができた仲野のど根性ドラマでもある。その解放の鍵であるペンタトニック(五音音階)の解説もとてもわかりやすい。

 「音を奏で、紡ぎ、放つのに、時として具体的な目的はない。それは衝動であり、この衝動が突き動かして生まれ出る音は生 la vie の中にある。(…)この世界はふるえと共に在るということのようだ。」
 うむうむ。諾諾。私はたくさんのことを教わった。ありがとう麻紀。

 

仲野麻紀  『旅する音楽  –  サックス奏者と音の経験』(せりか書房)

文・向風三郎