BLOG : 小沢君江通信

Mettre les pieds dans le plat(失言する、へまをする)28

この場合の〈plat〉 は料理の皿ではなく、川の「浅瀬」などで流れのない場所の意。〈Mettre les pieds dans le plat〉は、そんなところに足を突っ込んで澄んでいる水を濁らせることで、「ぶしつけに微妙な問題に触れたり、ヘマをする」こと。会話言葉の〈gaffe〉(ヘマ、不手際)を使うなら、動詞の〈g...

Avoir la frite(体調がいい)27

ジャガイモまたはサツマイモとも丸っちい形をしていてエネルギーを与えてくれるので、〈J'ai la frite〉(ポテトフライ)も〈J'ai la patate〉(サツマイモ)もはち切れんように元気なこと。反対に〈Je n'ai pas la frite / la patate〉というと、「調子が悪い、元気がない」。似た...

La langue de bois(煙に巻く)26

由来はロシア語から来ているらしく、しばしば政治家が真実をごまかすか、隠すために使うカフカ的説明のことを〈La langue de bois〉(木の言葉)と言う。よく企業の上役や、政治家が真実を話すことを避けるために「まわりくどい言い方」で聞き手を煙に巻くこと。...

夫を殺したジャクリーヌ•ソヴァージュさんに恩赦。

 2016年3月25日付ブログ「家庭内暴力地獄」で書いた、47年間夫のDV(家庭内暴力)と娘に対する近親姦に耐えられず夫を背後から銃殺し、2012年に10年の禁固刑が下されたジャクリーヌ•ソヴァージュさん(69歳)に12月29日、オランド大統領が就任中最後の恩赦を与え、彼女はその日に釈放された。この1年間に 80万人以...

J’ai la pêche !(元気いっぱい)25

〈pêche〉(モモ)は古代中国からインド、中東、ルイ王朝に達しルイ14世の大好物になった。以来〈avoir la pêche〉(モモを持ってる:元気がいい)がよく使われる。果物や野菜名は俗語表現によく出てくる。〈avoir du blé小麦〉、〈avoir de l'oseille スイバ〉は「金を持ってる」、〈ne...

Dérouler / Sortir le tapis rouge(赤絨毯を敷く)24

〈Tapis〉(絨毯、カーペット)はアパルトマンやシャトーになくてはならないもの。それだけ会話にも頻繁に出てくる。エリゼ宮に国賓を招く時はいつも「赤絨毯」が敷かれる。しかし〈Il se prend les pieds dans le tapis〉(絨毯に足が絡まる)は、「何かに失敗しうまく行かなくなる」こと。〈Cac...

Faire pleurer Margot(お涙ちょうだい)23

マルゴはマルグリットを短くした愛称で田舎や地方の町で愛用される。ブラッサンスがシャンソンの中で〈Quand Margot dégrafait son corsage マルゴがコルセットのホックを外した時…〉と歌い、アルフレッド・ミュッセは〈Vive le mélodrame où Margot a pleuré マ...

Pleurer comme une Madeleine(ボロボロ泣き続ける)22

プルーストの『失われた時を求めて』に出てくるマドレーヌのオリジンは、100年前にロレーヌ地方のパティシエール、マドレーヌ・ポルミエが考え出した貝型のお菓子。でも「マドレーヌのように泣く」という表現の由来は、新約聖書の中で、マグダラのマリ(後にマリ・マドレーヌ)と呼ばれた娼婦が、イエスに会った時、改悛することを誓い、...

Chiens de faïence(にらみ合い)21

戦後のビクターレコードのマスコット、正座し耳をかしげる陶器のワンちゃんを覚えている人もいるだろう。フランス語の〈en chiens de faïence〉(陶器の犬)は、ブルジョワのサロンの本棚や暖炉の両脇に向かい合って正座している陶器のイヌのことで、今の若い人にはなじみがないと思うけど、ちょうどオランド大統領とヴァル...

Être à l’ouest(頭がボケーとしている)20

この表現は20世紀後半のもので、なぜ西にいると頭がボーっとなるのか表現の由来ははっきりしていない。パリから見ると西方にブルターニュがあり、陽も西に沈むことくらい。同じ意味の別の表現として、〈avoir la tête ailleurs〉「心ここにあらず」〈être dans les nuages〉「頭にもやがかかる」〈...