名前の移民社会学

 生まれてくる子供にどんな名前をつけるのか。父母どちらの国に生きることになっても恥ずかしい思いをしないようにと、国際カップルは苦心する。そんな努力の結晶のような名前を耳にすると、絶妙のバランス感覚と美意識に感嘆する。
 一方、日本ではしばらく前から、俗に〈暴走万葉仮名〉とよばれるような、漢字を無理読みした名前の子供たちが増えた。今春も、入学生名簿の大半の子の呼び方がわからず、困惑している教師たちも大勢いることだろう。フランスに来て十数年になる筆者も、語学の修養が足りないのか、七転八倒しても、「空」という字から「しえる」という子供の名前は連想できない。
 19区のカフェでそんな話をすると、バチスト・クールモンさんは、「フランスでも親の志向が子供の名前の選択に決定的な役割を果たすようになった」と言った。彼は名前とバカロレアの成績の相関関係を分析したり、『名前の社会学』という面白い本を出した新進気鋭の社会学者だ。
 かつて、フランスには子供の命名には厳しい制約があった。たとえば名前ひとつひとつの綴りにきまりがあって、適応しないと市役所に出生届けを受理してもらえなかった。たとえば、  「ステファニー」は 「Stéphanie」と表記されなければならなかった。ところが93年に法律が改正されて自由化がなされると、「y」で終わる「Stephany」でもよくなった。名前の選択の幅は広がり、百花繚乱の時代がおとずれた。
 子供の命名には親の教養と創造力が試される。同時に、社会的な属性を如実にあらわす。子供の将来を左右することもある。とくに複数の文化を生きる移民の後世代にとっては切実な問題だ。移民たちの命名には、女子のほうが斬新な名前をつけられる傾向にあるほか、世代によっても特徴がある。フランスに来た親の世代は、〈名残り〉という言葉の通り、出身国の色の強い名を選ぶ。しかし、子の世代はフランスで一般的な名前か、親の母国とフランス、どちらの伝統にもない名前を作り出す。マグレブ系の女子に多いInèsなどは、もともとアルジェリアなどにはない名前だと、クールモンさんは説く。
 フランスでは毎年3000人が改名するという。移民であることを隠すためにフランス風にする者もいれば、逆に、文化的なアイデンティティを求めて、親の出身国の独特の名前に変える人もいる。名前の社会学とは、じつに不思議な流体力学である。
 同じフランス語圏でも地域によって流行に時差がある。今のフランスの中高年の女性に多い複合名(たとえば Anne-Marie など)が、ケベックでは若い子たちにひ広まっている。また、かつてロシア系の名前だったNadineがフランス人の名として定着したように、外国の名前が輸入されるケースもある。ひょっとすると、日本で忘れられた古風な名前が、数十年後にフランスの新生児たちの名前として大流行するなどということも、考えらない話ではない。(浩)