フランスの警官・憲兵の自殺症候群

デモ隊待機中の警官(© Loice Venance/AFP)

11月12 日、フーリガンの警備にあたるブトネ隊長が憲兵隊本部で銃で自殺した。それまでの1週間内に、郊外アルフォールヴィルの警察署長(45)がヴァンセンヌの森で首吊り自殺、女性警官(32)が拘置所内で首吊り自殺、もう1人の女性警官は森で空気銃で自殺し、警官6人、憲兵2人が自殺。2017年に入ってから警官47人、憲兵16人、計63人が自殺している。2014年に警官・憲兵の自殺件数が過去最高数の85人を記録した。2015年の連続テロ事件後の非常事態の延長による警官の増強により、2015-16年の自殺件数は年間60人台に下がっていたものの、警官・憲兵(軍部所属)の自殺が減らない状況を内務省は軽視できなくなっている。

警官・憲兵の自殺が多いのはなぜか。

警官・憲兵の自殺率が一番高いのは45〜54歳台、次が35〜44歳台だ。彼らは家庭を持ち、夫婦・家庭問題を抱える年代でもある。動員・出動の増加によりほとんど私生活が保証されない毎日を送っている。子供の育つのを見るのも少なく、社会からも閉ざされがちだ。

テロ対策だけでなく、マルセイユなどで頻繁に起きている麻薬ディーラーたちの縄張り争いの撃ち合いや、郊外の若者たちの警官敵視の環境のなかで投石やパトカー襲撃などの危険性が常にある。

1年半前に郊外の警官夫婦の自宅の庭に隠れていたテロ犯が同夫婦を射殺して以来、警官は勤務時間外も自己防衛のためにもピストルを所持できるようになったのだが、それがピストル自殺の増加の要因とみる向きも。勤務環境や私生活の悩み(離婚や別居)、ストレスが高じ上官に打ち明けたりすると、まずピストル所持を禁止され、内部異動により格下げになる。そうならないために、家族にも言えないストレスをうっ積させたまま、手元にあるピストルに手がいくことになる。憲兵の自殺者の70%はピストル自殺しているという。次に多いのは首吊り自殺だろう。

11月18日夜、パリ北郊外サルセル市の住宅街で、パリ警視庁治安部隊の警官(31)が車中で恋人と口論中、彼女の顔と腕を撃ち、仲裁に入った通りがかりの男性2人を射殺し、恋人の実家に向かい彼女の父親を射殺後、銃で自殺。この警官と恋人は6カ月以来同棲していたが、「彼があまりにも嫉妬深いので別れたい」と恋人が意思表示したらしい。

自殺症候群対策。

2015年、自殺症候群への対策として、当時のカズヌーヴ内相は、警官の精神面での支援対策を強化し、全国に75人のカウンセラーを配している。しかし、毎年数十人の警官や憲兵がうつ状態やバーンアウト(燃え尽き症候群)、アルコール中毒症になるなど、警察・軍隊のヒエラルキーのコマの一つとして消耗、摩滅していくのは避けられない。

巡警に当たる兵隊たち。

2015年1月の連続テロ事件以後、オランド大統領がパリなど大都市に配属したのが、「サンティネル」と呼ばれる重装備のテロ警戒巡回兵(1万人)だ。全国に7千人、イル・ド・フランスだけで3千500人の兵士が駅や空港、商店街、記念建造物、病院・校舎の周辺を4人1組になって巡警している。その他に予備兵(Réserves)が約3千人がいる。ほとんどはたび重なるテロ事件後、自ら志願した民間人からなり、年間70日間の兵役につき、新入隊兵と同じ軍事訓練を受ける。

17〜25歳の入隊したばかりの新兵が、まずこの任務につけられる。銃と防弾服合わせて20㌔の装備を身につけて巡警するという。彼らは警官や憲兵とは異なり、怪しい人や荷物を検査することは禁じられている。観光客や通行人らは、いつどこでテロが起きるかも知れない今日の不安な社会で、彼らの姿を街で目にすることで安心する人が多くなっている。

10月1日にマルセイユ駅で従姉同士の女性2人を刺殺したチュニジア人を現場で銃殺したのもテロ警戒巡回兵だった。彼らはアフリカなどに派兵される夢を抱いていたのに、銃を抱えて都内を1日中巡回するだけの任務に幻滅する兵士もいないでもない。しかし、今日テロの対象は、国家を守る警官・憲兵に向けられている場合が多く、市民を守ると同時に自分自身をも守らなければならなくなってきている。こうしたなかでストレスと緊張感に耐えられなくなり辞めるか脱走する者もいなくもない。今日、西洋諸国は常にテロリズムという見えない敵との戦時態勢にあるといえよう。