ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)の行方。

2月16日パリのジレ・ジョーヌ行進(AFP)

 昨年11月17 日に燃え上がった「ジレ・ジョーヌ」(黄色いベスト)運動は、車が不可欠な地方・過疎地の庶民のガソリン・燃料費値上げに対する怒りが発火点となった。それは法定最低賃金(SMIC: 税込 1520€)労働者や片親家庭、苦しい定年生活者、微々たる生活手当に甘んじる下層庶民の購買力引き上げ運動に変わっていった。

 以来3カ月半、毎週土曜日の怒りの風物詩となって各地がジレ・ジョーヌ一色に染まる。初期の20万人から2月16日土曜日は4万人に減っているが、パリは約3千人が黄色いベストを羽織って集合・行進し治安部隊の催涙ガスを浴びる。彼らに混じり覆面し商店街での破壊行為に出る極左・極右系活動家の存在も無視できない。2月5日、国会で「反破壊法」が成立した。しかし毎週土曜日に破壊被害を受けている全国の商店・飲食業・ホテル他の損害・収入減は数千万ユーロにのぼり、約5千社が計7万3千人の解雇を余儀なくされた。政府は3800 万ユーロの援助金を出すというが。

 非組織ノンポリを自認するジレ・ジョーヌだが、大統領当選後、富裕連帯税を廃止した「金持ちの大統領マクロン」排斥のスローガン、「マクロン辞任」「マクロンをギロチンに」と叫ぶ。庶民の声に耳を傾けない大統領の「尊大さ」を憎悪の対象とし、2年前にマクロンが創立した右でも左でもない与党LREM(共和国前進)議員らが国民議会で成立させている種々の法律のほか、代議制民主主義の制度そのものに反発している。「ジレ・ジョーヌ」の怒りを鎮めるため、年末にマクロンは SMIC労働者に政府から100ユーロ(彼らは300€を要求)給付することや郊外の貧困家庭の若年層への500€の援助金支給案を発表。根強く政府に対して反旗をかざしている「ジレ・ジョーヌ」には彼らをバカにした応急手当でしかない。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
 メディアがマクロンを「ジュピター」と称するが、大統領憎けりゃ、配下の与党議員まで憎くなりジレ・ジョーヌの憎悪の矛先は与党議員にまで向けられる。週刊誌L’OBSの1月17-23日号が掲載した「与党議員を狙う暴力」によると、年末以来、ジレ・ジョーヌ過激派による彼らへの威嚇・脅し・脅迫件数は3カ月で約80件に及んでいる。
 ノルマンディーのある議員(市長歴15年、県会議員)の自宅前で空気銃を6発放って怖がらせた数人のジレ・ジョーヌ は「あんたらの給料は我々が払ってるんだ」と叫び家屋内に侵入した例。エロ―県の同党議員の自宅入口のドアに「大統領の党は死ね」と落書きしてあり、アルザスのある議員事務所の壁には「マクロンはユダヤ人の娼夫」とユダヤ人差別の落書き、ヴァル・ド・マルヌ の議員には「アフリカから来てフランスの政治に口を挟む権利があるのか。死ね」、イヴリーヌ県 の女性議員には「もうじきあんたの◯◯◯◯を焼いてやる、そして斬首する」のメッセージ、ドルドーニュ県の女性議員は自宅前で車を燃やされ、ヴァンデ県の女性議員の自宅壁面にセメントブロックが積み上げられ、パ・ド・カレ県の議員に送られた硬球には「次回は目と目の間にこの球をぶち込んでやる」と書いたメッセージが付けられていた。つい最近、2月8日夜、フェラン国民議会議長のノルマンディーの別荘が放火された。このようなマクロン派議員を狙う憎悪のこもった威嚇行為が日常化していった。

大統領の「全国大討論会」行脚の旅。
「ジレ・ジョーヌ」の泥沼にはまり込んだマクロン大統領が考え出した打開策は、1月15日エリゼ宮から下界に降りて直接、市民と話し合うことだった。数十人から2、300人の村長や市長が参加し、住民が寄せた陳情ノートを元に夕方から6~7時間にわたり大統領との質疑応答、地元住民の抱える日常的問題をぶちまける。与党議員や大臣らもそれぞれ地元の校舎や市役所に地方議員やNGO関係者に集まってもらい、1カ月でなんと6000の討論会が開かれた。ワイシャツを腕まくりして各問題に明晰な説明、解説していくマクロン主役の「大討論会」がくり広げられ、参加者たちは、大統領に住居問題から病院などの削減、貧困生活の実情を訴え、マクロンの説得力のある説明に、なんとなく催眠術にかかったような面持ちで6時間以上にわたる共同体験を味わっているようだ。
 野党側は5月26日に行われる欧州議員選挙に向けての準備運動と批判的だが、1日おきに地方の町に馳せ参じるマクロンは地元議員らとの「大討論会」をこなす。2月7日にはブルゴーニュの高校の体育館に千人近い若年層が集まり彼らの悩みや失業しか見えない八方塞がりの生活苦の声に耳を傾ける。この1カ月半でマクロン支持率が20%台から30%台に伸びている。

欧州議員選挙日に国民投票も。
 年始めにジレ・ジョーヌがマクロンに国民投票の代わりにRIC(市民イニシアティヴの国民投票)を要求したのを受けて、2月5日マクロン大統領は5月26日の欧州議員選挙日に国民投票も同時に行うという国民、政界がぎょっとする2選挙同日開催する方針を発表。地方行脚を続けるマクロンは代議制を超えて直接、大統領に様々な問題を提起する地元人の声を採集してきたことで自信を深めているようだ。彼が2年前に創立した右でも左でもない共和国前進党に対抗するのは、マリーヌ・ルペンが率いる右翼「国民連合」と現代のロベスピエールを演じるメランションの極左「服従しないフランス」党くらい。党名は未定だがジレ・ジョーヌの代表ルヴァヴァスール(病院勤務)も立候補するよう。
 68年騒動の果て、ドゴール大統領はフランスの前途を国民投票にかけたが敗れ、戦後フランスに幕が降ろされた。国民投票で国民議会解散になったとしてもマクロンの闘いはこれから。40歳になったばかりの若き大統領の前には、「水平型」超リベラル社会の中でエリート層と、ポピュリズム色が強くなっているジレ・ジョーヌが体現する下層人口が上下二分するフランスが横たわっているのである。

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