冥土の戸口で引き止められるヴァンサン・ランベ−ル。

 11年前の2008年9月、当時31歳の看護師ヴァンサン・ランベールは自動車事故に遭い、以来意識不明の植物人間としてランス大学病院の病床に横たわる。2011年、医師たちはヴァンサンに回復する見込みはないと診断した。ヴァンサンの妻ラシェルさんと甥のフランソワさんが言うには、「彼は生前にもし万が一の時、執拗な延命治療などは受けたくないと言っていた」という証言をもとに、主治医らはヴァンサンをターミナルケア(終末期医療)に移すと家族に予告した。しかし非常に厳格なカトリック信者である両親と6人の兄弟姉妹はこの処置に怒り、2013年以来、ヴァンサンの妻と甥、医師たちを相手取って壮烈な闘いを続けている。

 延命治療を避けたいというヴァンサンの意思が紙片にでも書かれていたなら、彼の生死問題に関する係争はここまで続かなかったのだが、そういうものはない。そのため家族が二組に分かれての闘いは、両親が息子の命を守るため裁判に次ぐ裁判、欧州人権裁判所(CEDH)、果ては国連の障害者権利委員会(CPRD)にまで進んだ。しかし2018年4月9日にランス大学病院の医師団がヴァンサン・ランベールへの「執拗な延命治療」の停止を決定したことに対し、フランスの行政訴訟の最高機関である国務院は、今年4月24日にその決定を合法と認めている、

レオネティ法が存在するが。
 2005年に成立したレオネティ法とは、安楽死や自殺幇助(ほうじょ)は禁止するが「常軌を逸した執拗な延命治療は停止することができる」としている。サンチェス主治医も、10年以上植物人間状態にあるヴァンサンにレオネティ法に従って水分・栄養補給を停止し、安らかに死に向かわせるため、5月20日からターミナルケアを停止するとした。この処置は、2013年5月にもなされており、水分補給だけの延命治療31日後に、両親はこの処置を知らされなかったとして提訴した。司法裁判所は以前の延命治療に戻すよう命じている。

 今回の延命治療停止について両親の弁護士は、家族にはその停止時間も知らされなかったと怒り、サンチェス主治医を医師会から除名するよう要求する。母親はカトリック支援者の前で「医者はケダモノ!」と叫んだ。

 さらに両親と支援者たちは再び上記の障害者権利委員会(CPRD)にヴァンサンの延命治療停止を無効にするように訴えた。同委員会による長期にわたる審議後、判断が下るのに最低6カ月はかかるという国際機関との長距離競走が始まる。しかし5月20日、パリ控訴院が延命治療停止を無効にする判決を下したものだから、ランベール両親の弁護団と安楽死反対支援者グループは、裁判所前でサッカー応援団のように「勝利獲得!」と飛び上がり歓声を上げた。
 
植物人間でも息をしていれば身体障害者。
 息子は身体障害者だと主張する母親は、10年以上彼の延命を生き甲斐として闘ってきた。特に母親とカトリック系支援団は、冥土の戸口に佇むヴァンサンを引き止め、「彼の命がサッカーボールのように投げ合いされてきた」とは、1人の支援者の言葉。メディアの報道に視聴者も息もつかずにヴァンサンの生死問題を追ってきたよう。約1500人の植物人間が病床に伏している今日、「どうしてヴァンサンだけがこれほど問題視されるのか」と問う声もないでもない。フランスでは安楽死、尊厳死の実現はまだ時間がかかりそう。当分の間、それを望む人はベルギーやスペイン、オランダ、カナダ、スイス、ノルウェーなどに行くほかない。これらのほとんどの国では積極的安楽死は禁じられているが、本人または家族の承諾を得た上で、医師による安楽死や自殺幇助は認められている。

 サンシュルピス教会でパリのオプティ大司教は、「命はキリストが私たちに与えてくれた唯一の武器であり、闘いである」と述べ「良識による判断」を批判している。