プレタの大御所 H & S がニューコレクション〈ピュディック(恥じらい)〉というニューラインを発表した(16-3-29付ル・パリジャン紙)。国内のムスリム人口だけでなく、中東・東洋からパリにショッピングに来るムスリム系女性観光客が増えているなかで、彼女らのプレタに目をつけたのは H & M だけでなく、ユニクロはすでに2015年にアジアで、さらにアメリア、ロンドンで「ヒジャブ」(ヘッドスカーフ)を販売している。マーク & スペンサーは、顔と手足だけを見せる水着〈ブルキニ〉(ブルカ+ビキニの縮約語)、イタリアの高級ブランド、ドルチェ & ガッバーナはエレガントな〈アバヤ〉(ヒジャブ+ロングドレス)を開発した。ムスリム市場は伸びる一方、2019年には需要は4430億ユーロに達するとマーケティングは見積っている。
「ピュディック・モード」に怒り立ったのは、ロシニョール家庭・児童・女権相。女性が体を隠さねばならないのは「米国の黒人奴隷に課した束縛と同じ」と吐いたから、この短絡発言が波紋を呼ぶ。フランスは90年代から公共の場でのニカーブ(目だけ見せる)の着衣を禁止し、企業・社内でのスカーフの着布(幼稚園保母のスカーフも裁判で禁じられた)も難しくなっている。
一般人の反応はというと、フランスは「自由の国」なのだから、衣服にまでとやかくいうことはないという意見と、モードがイデオロギーに関係なく市場拡大に乗り出すのは自由…と半々に分かれる。なかでもピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団代表は、「嘆かわしい、モラルも政治的配慮も皆無。モードを否認するイスラム社会にクリエーターがしっぽをふる必要はない。モードは女性解放のためにあるのであり、男性に隷属する女性をさらに拘束すべきではない。この種の製品が一般化していくことを危惧する」。もう一人、強く反対するのは哲学家エリザベス・バダンテール女史。ル・モンド紙(16-4-4)に「イスラム主義に対し如何なる共和制?」と題し、1990年代の左派知識者層が賛同した多種文化主義と異種文化に対する寛容姿勢によって郊外でのエスニック・コミュニティ化が進み、ムスリム文化からサラフィズム派(教条主義)を生む苗床となったとし、90年代のアルジェリア(91年選挙でイスラム救国戦線が選挙で圧勝したが与党が無効としたため武装イスラム集団GIAとの内戦が10年続いた)やイランの女性知識人が「我が国で起きていることが1O年後にはフランスでも起きますよ」と警告されたと述べている。バダンテール女史は上記のマークのプレタをボイコットするよう呼びかける。こうした彼女の意見が「イスラム排斥」思想として後ろ指を指されるのも、共和制(自由・平等・友愛)の解釈が分かれ始めているからなのだろう。
シモーヌ・ド・ボーヴォワールの明言「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」を「女はイスラム女性になるのだ」におき換えてもいい。