62歳の妻ジャクリーヌ・ソヴァージュさんは47年間、夫の家庭内暴力(DV)を受け続け、2012年、猟銃で夫の背中を三発撃って殺害したことで15年12月、控訴審は、娘2人が母の正当防衛を主張したにもかかわらず、被告に殺人罪として懲役10年の判決を確定した。以来、DV被害者団体や女性著名人など44万人の著名運動が繰り広げられ1月31日、オランド大統領が恩赦を下し彼女は釈放されることに。この事件ほど、DVの現実を如実に表しているものはない。刑法では、暴力を受けると同時に防衛しないかぎり「正当防衛」にはならないという。
ではソヴァージュさんはどうして47年間も警察に訴えることもしなかったのか、と誰もが不思議がるだろう。刑法では夫の「支配下」(sous emprise)に置かれ、長年重度のトラウマとなり、彼女は恐怖のあまり口外することもできなかった。弁護士は「長年DVに伏すことは絶えず死の危険にさらされている」と弁護する。ヴァレリー・ボワイエ議員は議会に、DV被害者の正当防衛犯罪に対して「軽減情状」と「DV被害者の免責」を刑法に加える修正案を提出する意向。
このブログ記事を書いている最中、ナンシー高等裁判所で3月21日から24日までやはり夫殺しに関する裁判が開かれた。2012年5月、結婚35年の妻シルヴィ・ルクレール被告が、睡眠中の夫を射殺した事件。被告(53)は夫(58)の性的虐待や精神的暴力、これらの暴力から逃れるには夫を殺すほかなかったと語る。弁護士は「被告は夫の支配下にあった」と弁護したが、彼女に9年の懲役刑が下った。
2007年以来「家庭内暴力・性的虐待」の報告書を発表している国立犯罪・刑罰監視局の3月16日付の報告書によると、08〜10年の2年間の家庭内暴力(DV)の女性被害者延べ数は警察に届け出られたものだけでも27万件(男性12万件)。若いほど被害率は高く18〜24歳は35.3%、25〜34歳は22.6%、55〜64歳は15.5%。女性の90%は肉体的暴力、19%は性的虐待を受けている。しかし被害者として告訴するのは10%にすぎない。
民法に「家庭内不和(dissensions」という用語が加えられたのは1826年のこと。しかし民法の213箇条には、「夫は妻を保護し、妻は夫に従うべき」と書かれている。この「従う」という言葉が曲解され、夫は妻に何でもできるという風潮ができあがったのでは。しかし夫による強姦罪が刑法で認められたのは06年法が成立してからだ。密室での強姦と見なす妻と「妻の同意」を主張する夫の対立こそ、犬も食わない夫婦喧嘩の類に入るのだろう。結婚を「合法的売春」として批判したのは、19世紀のフェミニスト、ジョルジュ・サンドではなかったか。
2014年、DVによる死者数は女性118人、男性24人(ほとんどは妻による殺害)。女性はだいたい3日に1人がDVで殺されていることになる。カップルの年代を見ると、5歳以上慣れている夫による暴力は24%にのぼり、2〜5歳年上の場合は15.3%。さらに女性被害者の学歴をみると、中卒でも大卒でもたいした変わりはないのだが、学歴の低い男性による被害は25.7%、バカロレアか大卒男性の場合は14%。もう一つの例として、資格のない男性と、彼よりも学歴のある女性との組み合わせだ。女性のほうが社会的に認められていたり、夫より高給取りだったりすると、男性の自負心が傷つけられ、嫉妬心の裏返しが肉体的、または精神的暴力(モラハラ)となり、DV率は40%に及ぶ。それは昔からの家父長制意識の表れなのかもしれない。
ソヴァージュさんやルクレールさんの夫殺しのように、犯罪の理由がメディアで取り上げられるのは氷山の一角。貧困・中以下の家庭では、主婦業だけの女性にとって夫を訴えることは難しいだろう。これと同じ状況は、父親による娘の近親姦にも通じ、母親は見て見ぬふりする場合が多い。心理分析医によれば、子供時代に家でDVを体験させられた場合,成人した時に親たちと同様に加害者または被害者タイプになりやすいという。DV問題は人類共通、普遍の問題なのかもしれない。