フランスで病気になれば、宗教に関係なく治療を受けられ、出産もできる。ところがイスラム教徒の要求は、病院側でも受け入れられないことがある。ル・モンド紙(16-2-18)は、ブルゴーニュ東南部の町シャロン・シュル・ソーヌの総合病院での、ムスリム系患者の、とくに女性患者の取り扱いとその対応の仕方を報道している。
病院関係ではとくに90年代から顕著になってきたのは、女性患者が男性医による治療や出産を拒否し、女医を希望する患者が増えたことだ。全体的に見ればまれなケースであるのだが、2015年に病院利用者委員会が1200の病院を対象としたアンケートによれば、172 病院が答え、そのうちの3分の2(68%)は、その種の問題は皆無と答えている。「2015年1月の同時テロ事件後、地域によってはイスラム教徒との摩擦があったと思うが、この病院にはそうした問題は頻繁にあるわけではない」とユベール院長。
この病院では年間約2千件の出産があるなかで、宗教にそった出産を望む産婦は指で数えるほどだという。とくにムスリム系の夫が妻の出産介助を女医に頼む場合は、「妊娠4カ月ころに夫婦を説得し理解させる」と母子健康管理課のブルネ課長は語る。同病院では40人の助産師のうち男性3人、医師は9人のうち5人は男性。ただ救急課には女医がいないので、「それでもいいのか、いやなら対応不可」と答えるという。問題なのは、ムスリム患者の死亡時の手配について。遺族が宗教的葬儀を希望するのは年に10〜20件くらいであり、病院所属のイマーム(イスラム指導師)の認可を得て霊安室で死装束を着けさせるのだが、100〜150人の遺族・近親者が詰めかけるので治安問題についてもイマームに協力してもらうという。
今日、60年代の移民は高齢者人口の一部をなしている。90年代以降、彼らの2世、3世のなかにはフランス社会、西洋文化への同化を拒否し、イスラム教(特に教条主義を守るサラフィズム)に改宗する者もいる。男性信者の長いひげは剃ることもできず、全身を隠すニカーブを着る女性のなかには男性医がベールをはいで頭部を診察することも、血液検査や血圧測定のために腕をまくることも拒否する女性もいる。このように宗教のための要求が一部のあいだで見られるなかで2月16日、ライシテ監視局は、病院や自治体、公共施設、民間企業に配付するための宗教問題に直面したときの実用ガイドブックを発行した。
カトリックやプロテスタント、ユダヤ教に、オリエントの宗教、イスラム教が加わり、公の場での宗教的表示は禁じられているものの、企業や病院でもライシテとの摩擦が増えていきそうだ。例えば、2013年イヴニーヌ県のある託児所の保母がスカーフを被っていたので解雇され、出産休暇後復帰したときも被りつづけたことの裁判問題で、2014年に破棄院が雇い主の言い分を認めた。被告は欧州人権裁判所に提訴する意向。多神教のもとに冠婚葬祭を神社か寺におまかせできる日本が羨ましい。