フランスで「腕のない子」というと、1952 〜62年に日本を含む先進諸国で約1 万人の胎児が被害を受けた薬害事件サリドマイド事件が思い出されるだろう。日本にはそれとともに代表的な産業公害、水俣病事件があった。
4月25日、仏国営テレビF2が放映した報道番組「謎の〈腕のない子たち〉」では、すでに2008年以来、仏西部などの3県で計14人の腕のない子が生まれており、専門医や病院にもはっきりした原因が分からずに、子供たちは片腕生活に慣れて暮らしていると報じている。
農業地帯に集中する「腕のない子」の出生。
妊娠3〜4カ月に胎児の腕や手が形成されず、先天性横軸形成障害と呼ばれる「腕のない子」は、ローヌ・アルプ先天性奇形登録機関(REMERA)によると、特にロワール・アトランティック県:07-08 年3件、モルビアン県:11-13年4件、アン県:00-14年11件と、仏西部農業地帯の3県に集中している。同機関は保健省に2011年から警鐘を鳴らしていた。
フランスでは毎年100〜150件のこの種の身体障害新生児(1万人に対し1.7人の割合)が生まれており、例えば、4年間に11件の腕のない子が生まれたアン県のドリュイラ村の周辺17キロに及ぶ地域に集中しており、他の地域より腕のない子の出生率が58倍多いという。原因は農薬か、大気汚染か、薬害か、水道汚染か、各界専門家の調査にもかかわらず原因不明。可能性として考えられるのは、農薬にも獣医も使うテラトジェンヌという催奇形因子を含む薬剤が挙げられる。というのはアン県では何頭かの足のない子牛が生まれているからだ。
保健省も調査に本腰を入れる。
原因の分からない「腕のない子」現象を取り上げるメディアの圧力に耐えかねたビュザン保健相は2月12日、保健省、エコロジー省、農業省が共同し二つの専門委員会の設立を決めた。一つは遺伝学・産科・小児科・疫学まで含む医・科学分野の専門家からなる「専門家委員会」(CES)と、保護者と各種NGOグループの代表からなる「腕のない子と家族の保護・指導」委員会(COS)だ。
特定の農業地帯に妊娠初期の産婦が居住していたのか、数年前に遡って調査しない限り、少年少女たちが片腕なしで生まれた原因はつかめないだろう。上記ドキュメンタリー映画で農業従事者たちは数年前にどんな農薬を散布したのかの質問には耳を貸さない。遺伝や麻薬によるものでないとしたら、大気・土壌・水道のどれかに問題があったのか、腕のない子を持つ家族の苦悶は続く。今は近所の子供たちと元気に遊ぶ腕のない自分の子供が、大きくなって「どうして私、ぼくには片腕が欠けているの?」と親に問う質問に「運が悪かったの」とごまかし続けることはできないという親たちは、各省の官僚主義のジャングルに迷い込んだ子羊のように途方にくれる。
イギリスはコービー市の 「手のない子たち」
1990年代サッチャー政権時に産業危機が訪れ、多くの重工業地帯が荒廃した。中央部のコービー市は鉄鋼業で栄えた町だが、廃業した工場の廃棄物はそのまま空き地に埋められたという。その時期に母親が妊娠初期にあった18人の成人した「手のない子」も上記報道番組は放映した。「手のない子」を持った親たちは宿命と諦めながらも同じ境遇にある親たちと連帯し闘い続けた。ついに2009年7月、裁判は、18人の原告は産業公害による身体障害者であると認め、市に被害者への損害賠償金の支払いを命じた。取材を受けた親の中には、「市の金を受けている」とやっかむ隣人もいるとこぼす者もいた。
サリドマイド事件から50年。が、原因の分からない「腕のない子」がこれからもフランスのどこかで生まれてくるかもしれない。農業大国フランスが農薬をやり玉にあげるには問題が大きすぎるのだろう。イギリスが20年前の産業公害が生んだ世代に向き合ったように、フランスは「腕のない子」を農業が生んだ世代として処理できるのだろうか。