世界一の化粧品メーカー、ロレアルの「守護神」ともいえるリリアンヌ•ベタンクール夫人が9月20-21日、94歳で亡くなった。父ウージェーヌ・シュエレール氏、夫アンドレ・ベタンクール氏とともにロレアルの経営に参加し、今日まで、ある時は政財界の渦に巻き込まれ、ある時は後継者リリアンヌさんを取り巻いたハゲタカたちが織りなした大河小説の主人公、フランスの億万長者のシンボルだった。
リリアンヌさんの生い立ち
父ウージェーヌ・シュエレール(1881-1957)の両親はパティシエだった。父は応用化学学院を出、ソルボンヌで助手を務め、09年ヘアカラーリング剤製造会社L’Auréale(後にL’Oréalに改名)を創立。それが大ヒットしパリだけで1年間に4万軒の美容室がロレアルを使用し、シャネルやルイーズ•ブルックスのショートヘアにマッチした。リリアンヌが5歳の時、母親は病死。15歳の時、父親にパリ郊外クリシーの工場に送られ、シャンプーボトルのラベル貼りをさせられたという。父は英国人の家政婦、アニー=グレース•バローズと再婚。1950年、27歳のリリアンヌさんはノルマンディーの保守的なブルジョワの息子アンドレ•ベタンクールと結婚。
父と夫の政界とのつながり
父ウージェーヌはヴィシー政権を支持し、ヒトラーの国家社会主義に賛同し1936-40年、極右グループを支援。夫アンドレ(1919-2007)も若い頃からペタン将軍を支持し、ミッテランとも親交を深め、ダニエル夫人との結婚(1944年)をすすめた間柄。以後アンドレは、マンデス=フランス、ポンピドゥー、シャバン=デルマス、メスメールと、保守政権に協力。57年、ロレアル創立者シュエレール氏の死後、35歳のリリアンヌさんがロレアルの総支配人となる。69年、彼女の相談役だったポンピドゥーは、左派政権成立時にロレアルの国営化を阻むために外資導入を勧め、74年、スイスのネスレが第2株主となる。リリアンヌさんは2012年まで取締役会の上座に君臨した。
リリアンヌさんを取り巻くハゲタカたち
リリアンヌさんは非常に気前が良く寛大で、親しい友人、とくに20 年来の友人写真家•作家フランソワ=マリ•バニエ(1947- )などに数千万ユーロや巨匠作品をプレゼントしている。医師の診断で母親のアルツハイマー症が進んでいることがわかり、母親をハゲタカから守るため、フランソワーズさんは2012年に母親の後見人になり、母の孫息子ジャン=ヴィクトールに祖母の日常生活を管理させることにした。しかし母娘の係争はそれ以前にさかのぼる。出世欲に燃え、ダンディな同性愛者であることを自認し、パリの華やかな世界の寵児として富豪夫人リリアンヌさんにぬかずき、褒めちぎり、ポートレートを撮り、1997年以来、リリアンヌさんは娘よりも彼を可愛がり、サン•シュルピス教会裏の大邸宅やアトリエ、名画作品、数百万ユーロの複数の小切手を贈り、彼に遺産の一部を遺贈するとしている。
ボイスレコーダー盗聴が暴いた政財界スキャンダル
ベタンクール夫人の邸宅には友人•知人•政治家が次々に訪問し、こそこそと話していたのを雇い人頭 P.ボヌフォワが09〜10年にボイスレコーダーで録音した。それを買い取った娘は警察とメディアに暴露した。税務署はそれによりスイスの銀行口座に隠された脱税金8500万ユーロに対する追徴金を請求した。それだけではない、サルコジ政権のヴルト元大臣兼UMP党(共和党の前身)財政部長の妻がベタンクール夫人の財産管理会社勤務だったことも容疑の要因の一つに。その上、07 年大統領選戦の時期にサルコジ候補も数回邸宅を訪問し、リリアンヌさんの秘書が、ヴルト氏に何回か札束の入った封筒を渡したという証言もメディアで報道された。2013年サルコジ大統領も同夫人からの収賄容疑で参考人として出頭が求められたが免訴に、ヴルト元大臣も軽罪裁判で放免。フランソワーズさんも母親の私生活侵害容疑から解かれる。
フランソワーズさんは、寄生虫のように母親の富にしゃぶりついていたバニエを07年に告訴していたが、2017年8月、母の死の1カ月前、彼との和解に及んだ。十年近く続いた政財界疑惑もめでたしめでたし、ベタンクール夫人の死とともに幕を閉じる。
ロレアルはどこまでもベタンクール一族のもの
2014年2月、ネスレから8%のロレアル株を買い戻し、リリアンヌさんの株式保有率は33.31%に回復し、ネスレの保有率は23.2%に。リリアンヌさんは2010 年、自分の持ち株を売却し、5億5200万ユーロを取得。ベタンクール•シュエレール財団はその利子で、科学・教育関係、文化•美術関係のメセナ活動をしているという。
ここまできて知らなくてもいいことを発見してしまった。2010年、ネットマガジン “Minorités”(2010-9-12)のP.テルナンのブログやグーグルに出ているうわさ話によると、アンドレが好きだったのはリリアンヌさんよりもバニエだったのだそうだ。うわさにすぎないとしても、権力と金とセックスの輪が幾重にもリリアンヌさんの周りに張りめぐらされていたのだった。