復活祭6日前の4月15日夕方6時半、ラジオが「ノートルダム大聖堂から炎が立ち上っている」という速報。テレビにかじりつき、ますます勢いを増し夕闇を燃やし続けるノートルダムを、付近で見守る観光客とともに言葉を失い呆然とし 、ある者は涙を浮かべ、数時間、死に向かうノートルダムを見守るように宗教に関係なく全世界の人々が悲嘆にくれた。人々は、1831年に出版されたヴィトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』を思い起こし、850年の歴史を刻んできた大聖堂の断末魔に立ち会ったのである。9世紀間、広大な屋根を支えてきた「森」と呼ばれた柏材の骨組みは燃え落ちその残骸が消火水に浸っている。17日夕方、大聖堂が発火したのと同じ時間に全国の教会の鐘楼が鳴り響いた。それはパリ解放時の喜びの響きとは正反対の、大聖堂の「喪」を告げる音色だった。
再建寄付金の波が押し寄せるノートルダム。
昨年4月以来、中央にそびえる尖塔の修復工事でクモの巣のように組まれた足組が覆うノートルダム大聖堂。出火原因は屋根裏の電線がショートしたのか、火災警報がうまく作動しなかったのか…。
誰もがパリの心臓を襲った悲劇を咀嚼するまもなく、翌日一番に、ノートルダム再建のための支援金として、まずLVMHグループの億万長者アルノー氏は2億ユーロ、仏3番目の億万長者ピノー氏は1億ユーロ、化粧品ロレアルも1億ユーロ、パリ市は5千万ユーロ、BNP銀行は1千万ユーロ、ストラスブール市は100万ユーロ、外国からも支援金が寄せられ、それに一般市民の寄付金だけでも2億ユーロ以上と、優に10億ユーロ。寄付額が1000€ 以下は75% の減税、それ以上は 66%の減税。富豪は有り余っているお金をこの際に寄付し減税を狙っているのでは、と毎週デモっているジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)たちは、ノートルダムに多額の寄付金が集まることに苦虫をつぶしたような顔をする。また屋根の骨組みの再建に必要な1300本の柏材を寄贈したいという森林所有者もいる。それとは裏腹に人々の善意を利用しようと、ネットによる寄付金詐欺も出始めている。
ノートルダムの再建は可能か。
マクロン大統領はノートルダムの悲劇を介して国民の一体感、連帯感を得たようで、その再建のための支援を呼びかける。16日テレビで「5年後にはノートルダムを再建する」と豪語し、2024年パリのオリンピックに来る観客が再建後の大聖堂を見られるようにすると約束したが、1914年第1次大戦中、独軍に爆撃されたランス聖堂の修復に20年かかっているのだ。
14〜15世紀、朽ち果て浮浪者の巣窟になっていたノートルダムをユゴーは『ノートルダム・ド・パリ』で描いている。1843年、大革命で破壊され荒れ果てた大聖堂の再建に挑んだのはヴィオレ・ル・デュック。ルネサンス建築の再現ではなく、12世紀ゴシックの姿を取り戻すため怪物を象ったガーゴイルや獣の彫刻をあしらい、中央にそびえ立つ97メートルの木と鉛でできた尖塔を加えたのである。塔を囲んでいた12使徒の銅像は修復のため火災4日前に除去されていた。
尖塔再建のために、フィリップ首相は国際コンペティションを設けると発表した。しかし、生まれ変わる尖塔は元来の木造か、セメント製か、鉄筋か、ルーヴルのピラミッドのようにガラス製か、21世紀建築がゴシックに挑戦するのか、それを飛び越えるのか。
大聖堂内に残ったもの。
800度の炎があの素晴らしい薔薇窓を焼きつくすのではないか、15世紀に製造され、8000本のパイプが林立する巨大なパイプオルガンは?と市民の不安は広がる。3つの薔薇窓のステンドグラスは無事だったがかなりの修復が必要、パイプオルガンは高温による被害は免れたが全部解体し、作り直すことが必要。また巨大(3x4m)な宗教画3点も無事だったが修復にかなりの時間がかかりそうだ。
全国に数多くある教会やカテドラルは、国家の所有物なので建物や所蔵品は国家が保証し保険にかかっていないという。修復工事を受け持っている企業の損害保険賠償額は大した額ではない。
ノートルダム大聖堂の姿が過去のものとなり、何世紀もの歴史とキリスト教文化が炎にのまれてしまった今、これからの世代は写真や資料で旧ノートルダムを想像するしかないのだろうか。