パリの盆栽に息吹をもたらす BONSAÏ CULTURE 主宰ジャン=イヴ・ラムセさん
パリ花公園の盆栽パビリオンに関する書籍の出版、YouTubeチャンネルの開設、そして盆栽展の開催を手がけるジャン=イヴ・ラムセさん。その一連の活動の背景にある物語を聞くと、彼が盆栽パビリオンのエスプリにさえ見えてくる。 「パリにこんなに見事な盆栽コレクションが常設展示されてる施設があることが、残念ながら日本人にもあまり知られていないんだ」と語るジャン=イヴ・ラムセさんと会ったのは、パリ東南部、ヴァンセンヌの森に35haにわたって広がるパリ花公園(Parc floral de Paris)の一角。カメラを手に、盆栽パビリオンから出てきた彼は、公園を管理運営するパリ市から認可を受けて「自由に」この施設の広報活動を続ける盆栽愛好家だ。本業はオーディオ・ビジュアルの技術者。5年前に「Les Bonsaï du Parc Floral(花公園の盆栽)」*と題した本の出版を機に、Bonsaï CultureというYouTubeチャンネルも開設した。目的はただ一つ。「ヨーロッパで最も古いこの公設の盆栽パビリオンの存在を多くの人に知ってもらって、パリ市と共に守るべき遺産だということを伝えながら、この盆栽文化を次世代にきちんと受け継いでいきたい」。 Bonsaïに魅せられた少年期 ジャン=イヴさんの盆栽との出会いは9才のとき。1984年、ヤンチャ盛りの時期に見た映画「Karaté Kid (ベスト・キッド)」に出てきた「小さな木」に目を奪われた。ジャン=イヴ少年はそのとき「映画用の小道具で、作り物だと思った」が、半信半疑で図書館に駆け込み、耳に焼き付いていた「bonsaï」という言葉を頼りにその正体を調べ、本物の木だとわかって夢中になった。以来、毎日学校帰りに、当時パリに1軒だけあった15区の盆栽ショップに通い、ウィンドウに飾られた植木に見惚れた。「盆栽は高すぎて買えないと言っていた母が、代わりに接木のやり方を教えてくれて、しばらくはそれに没頭したよ。今思うと、小さい頃から母には植物の話をよくされていたかも。その頃はよくわからなくて退屈な話題だと思ってたけど、今は自分が娘に同じことをしているよ」とジャン=イヴさんは笑う。 Bonsaïを手がけた青年期 パリ花公園に盆栽パビリオンができたのは先の映画公開から5年後の1989年。園内で大々的な盆栽展が開かれた翌年のことだ。「市はこの新名所のために盆栽のエキスパート、アラン・バルビエを雇ったんだ。彼がいた間は常に手入れがなされて、本当に見応えがあったよ」と振り返るジャン=イヴさんは当時、10代半ば。展示会とパビリオンに触発されて、本格的に「小さい木」に向かい合い、数年間、教本がボロボロになるまでひとりで 「修行」を重ねた。 Bonsaïに導かれ、Bonsaïを導く 社会人になって実家を出てからは、多忙で長い間盆栽と離れていた。彼が再び盆栽と向き合うようになったのは、母親を失った2017年。「僕が実家に置き去りにした30鉢の自作の盆栽を、母が最期までずっと面倒みてくれていたのを目の当たりにして、何か心が動いた感じだった」。その後、久しぶりに足を運んだ盆栽パビリオンでジャン=イヴさんは愕然とする。 2016年のアランさんの退職後、市の予算削減によって盆栽管理の後継者を失った館内の植木は「目も当てられない姿」になっていたのだ。「大切な財産をこのままにはしておけない」。ジャン=イヴさんはこの盆栽コレクションを救う方法を模索し、2018年に動画撮影を開始。自ら展示品の解説をしてwebで投稿する一方で、書籍の自費出版を決心した。それが先述の「Les Bonsaï du Parc Floral(花公園の盆栽)」だ。花公園の歴史から、盆栽の基礎知識、そしてパビリオン内の80鉢に及ぶコレクションの写真と解説を掲載したこの図鑑のような本の制作には1年半を要した。「自分が前に出たいわけじゃない。この本を世に出すことによって、パビリオンの盆栽の価値や、それをケアしていくことの必要性を行政に訴えたかった」という彼の強い思いは、その後見事にパリ市に汲み取られ、現在、館内の植木はジャン=イヴさんが「レベルが違う」と慕う盆栽家のJP. オワローさんの手に定期的に委ねられるようになった。 Bonsaïを未来につなぐ 出版をきかっけに花公園から絶対的な信用を得るようになったジャン=イヴさんは、パリ市から正式な認可を受け、自由にパビリオンに出入りして盆栽の広報活動ができるようになった。2021年には、初めて自らの手で盆栽展を開催。パリでは20年ぶりとなる盆栽イベントに多くの盆栽家たちが駆けつけた。予想の4倍の入場者数という結果を受けて、花公園も第2回目の開催を期待。今年は、全国から集められる盆栽の展示、フランス屈指の盆栽家による剪定のデモンストレーション、業者による鉢植えや関連品の販売のほか、床の間の設置やコンビニの営業などさらにアトラクションを増やすが、経費は今のところ全て自分の持ち出しだ。去年は無料だった入場料を、今年は有料にした。2022年は経済的な面も含めてどうしても結果を出したいのには理由がある。「収益が出たら、来年のイベントに日本の盆栽の聖地、大宮盆栽村を招致したいんだ。その先は、日本の若い盆栽家も招けるようになりたい。ここで一緒に何かできたら最高だよ」と意欲を見せるジャン=イヴさんだが、「多くの人にパビリオンを知って欲しいから」この先もずっと花公園を舞台に活動することにこだわる。 最後に、彼がパビリオンの中庭に展示されている「小さな木」を見ながら言った言葉が印象的だった。「あの木は樹齢200年を超えるんだ。きちんと手入れをすれば、また何百年も生きることができる、僕がこの世からいなくなってからも。この先ここの木がどんな風に樹齢を重ねていくのか僕は最後まで見届けることができないと思うと不思議だけど、でもそういう木々を次の世代に引き継いでいくことができたら嬉しいよ」。 Information
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