第46回セザール賞 威信かなぐり捨て、文化の危機を訴える。 

頂点はデュポンテルのコメディ『Adieu les Cons』  フランスは2度目のロックダウンで10月30日に映画館が閉鎖、約4ヶ月半が経過した。映画人の不満がうっ積する中、3月12日、恒例の映画の祭典セザール賞が開催された。46回目の悲しい誕生日である。会場はパリ9区オランピア劇場。一階の観客席はマスク姿の150人のノミネート者。キャバレー風のランプ付きテーブルを配置し対人距離を確保した。 頂点に立ったのは12部門でノミネートされたアルベール・デュポンテルの『Adieu les Cons(さらば、間抜けたち)』(原題)。自殺に失敗した男性と不治の病を宣告された女性が出会うブラック・コメディだ。作品賞、監督賞、撮影賞、助演男優賞、脚本賞、舞台美術賞、高校生のセザール賞の計7部門で受賞した。残念ながら主役の姿は会場にない。代わりにプロデューサーで、デュポンテルの私生活のパートーナーでもあるカトリーヌ・ボゾルガンが登壇。デュポンテルはこれまで『9 mois ferme』(2013)や『天国でまた会おう』(2017)など過去作でもノミネートされたが、セザールには出席しないことで知られる。理由は「コンペティションが嫌い」だから。 本作は10月21日に公開され、70万人の観客を集めたところで公開9日目にロックダウンに突入、ヒット街道が突然絶たれた。次回の映画館再開時には、再上映が予定されている。 『Adieu les Cons』のライバルと目されていたのは、最後まで本命視されていた13部門でノミネートのエマニュエル・ムレ『言葉と行動(ラヴ・アフェアズ)』と、12部門でノミネートのフランソワ・オゾンの『Eté 85 』。三つ巴の接戦となるかと思いきや、『言葉と行動』は助演女優賞(エミリー・ドゥケンヌ)のみ、『Eté 85 』に至っては無冠に終わった。『言葉と行動』と『Eté 85 』は、批評家と観客受けは良かったが、業界人受け(セザール賞の投票人はジャーナリストを除く映画関係者)がいま一歩だったようだ。 作品賞の対象となるのは、その年の1月1日から12月31日の間に劇場公開されたフランス映画。昨年は227本。今年は162日間も映画館が閉まったため、対象作品が125本と激減した。そのため昨年のラジ・リ『レ・ミゼラブル』、ロマン・ポランスキー『J’accuse(私は弾劾する)』、セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』といった圧倒的な個性や迫力を放つ作品が今年は少なく、正直、物足りなさを感じさせた。 とはいえ別部門の収穫は大きい。ドキュメンタリー(『思春期 彼女たちの選択』『La Cravate』)やアニメ(『ジュゼップ』『カラミティ』)部門は、例年を上回る秀作揃い。有望若手女優賞はマイモウナ・ドゥクレの『Mignonnes キューティーズ!』に主演したファティア・ユスフが受賞。大人のドロドロが渦巻く会場で、14歳の彼女が「夢を追いかけて、それが大事です」と壇上から同世代に呼びかけた時、まるで爽やかな風が吹いたようだった。 本年度はコメディが健闘した年でもある。作品賞の『Adieu les Cons』を筆頭に、カンヌ映画祭の公式セレクション作品であるキャロリーヌ・ヴィニャル『Antoinette dans les Cévennes(セヴェンヌのアントワネット)』(ロバとの共演が忘れ難いロール・カラミーが主演女優賞獲得)、ジャン=パスカル・ザディとジョン・ワックスの『Tout Simplement Noir(全く単純に黒人)』など、見応えのある秀作コメディが揃った。 マリナ・フォイスの肝の据わったホストぶり  セザール賞は昨年の「アデルの乱」(ポランスキーが監督賞を受賞後、アデル・エネルが「恥だ!」と声をあげ会場を去った事件)から一年。https://ovninavi.com/cinema-cesar45e-polanski-haenel/ コロナ禍でもセザール内部で改革は進められ、昨年9月にはトップに元アルテ&CNC(仏国立映画映像センター)のヴェロニク・カイラ女史、副代表はエリック・トレダノ監督(『最強のふたり』)が就任。昨年11月にはロマン・ポランスキーら18人を、アカデミーの歴史的メンバーから排除した。さらに総会メンバーを男女82人づつにし、パリテ(男女半々)も徹底化した。だが、最近もCNCトップのドミニク・ブトナ、俳優のリシャール・ベリ、ジェラール・ドパルデュー、監督のリュック・ベッソンら、性暴力で訴えられる映画関係者の話題が、驚くほど後を絶たないのである。 加えて、昨今はポーズばかりで明確な指針を一向に示せぬロズリーヌ・バシュロ文化大臣への風当たりが強まっている。映画館を含む文化施設はいつ再開できるのか、文化関係者はやきもきして待っているのだ。問題が山積みの中、ホスト役の大任を任されたのが俳優のマリナ・フォイス。彼女は肝の据わった司会と機転の利いた対応力で、三時間超のセレモニーの荒波を見事に泳ぎ切った。彼女もここぞとばかりに、大臣への批判の手は緩めなかった。 例えば、セレモニー冒頭での軽いジャブ。「公平に考えましょう、政府は何もしていないわけじゃない、(文化セクターへの)救済措置もあります。大臣も何もしてないわけじゃない。バシュロ文化大臣は『私のバラ色の人生』をいう本を出しました。アマゾンの先行販売で18ユーロ。ゴルゴンゾーラのパスタのレシピも載ってます。この危機を乗り切るための励ましを有り難うございます」と大いに皮肉った。バシュロ大臣は控え室で式を鑑賞していたというが、さぞ居心地が悪かったことだろう。 全裸で訴えた「No culture, no future」  司会の脚本は人気女性芸人のブランシュ・ガルダンと俳優のローラン・ラフィットと練ったという。ほぼタブーなしの皮肉とブラックユーモアと、下ネタ(性と排泄系の両方)まで積極的に援用するガルダン色が濃厚に感じられた。ストレートな物言いは頼もしく気持ちが良いが、全体的に下品さが目立ち、セレモニーにおフランスの伝統のエレガントさが見事に消えてしまったのは少々寂しい。とはいえ、これも「毒をもって毒を制する」時代の避けられぬ荒治療なのかもしれない。 壇上には賞を授与するため、入れ替わり立ち替わりプレゼンターが現れた。一番の話題はアンタルミタン(失業保険制度の恩恵を受ける芸術分野の不定期労働者)への連帯を示した俳優のコリンヌ・マシエロ。衣装賞の授与で登場したが、『ロバの王女』風のロバの皮から『キャリー』風の血染めドレス、ついには全裸に。胸と腹に「No culture, no future」、背中に「Rends-nous l’art, Jean」(ジャンよ、芸術を返せ)とマジックで書いた。 “ジャン”とはカステックス首相を指している。 また、『Tout Simplement Noir(全く単純に黒人)』に出演した人気芸人ファリーも登場した。「この二千人の会場で100人しかいないのは、コロナとは全く関係ありません。今年は(#MeToo運動の)『豚野郎を告発せよ』で、確実に残れる人だけを選んだのです。あなたたちしか残りませんでした」と語り、微妙な笑いが広がった。 こんな今年のセザールを、フィガロ紙は「全方位への政治演壇と怪しげな冗談の間で、46回目の威信あるセレモニーは、映画について語るという本質を忘れた」と評した。たしかに授賞式は、最初から最後まで例年に増して政治色が大変強い回となった。しかし、今や文化が生きるか死ぬかの瀬戸際。フランスの映画人たちの危機感は痛いほどわかるのだ。たしかにやり過ぎ感はあったにせよ、基本的には今年の主催者側の捨て身の訴えの姿勢は支持したいと思う。(瑞) ●第46回セザール賞授賞結果 作品賞:『Adieu les Cons』アルベール・デュポンテル 監督賞:アルベール・デュポンテル(『Adieu les Cons』) 主演男優賞:サミ・ブアジラ(『Un fils』) 主演女優賞:ロール・カラミー(『Antoinette dans les Cévennes』) 助演男優賞:ニコラ・マリエ(『Adieu les Cons』) 助演女優賞:エミリー・ドゥケンヌ(『言葉と行動(ラヴ・アフェアズ)』) 新人男優賞:ジャン=パスカル・ザディ(『Tout Simplement Noir』) 新人女優賞:ファティア・ユスフ(『 キューティーズ!』) 脚本賞:アルベール・デュポンテル(『Adieu les Cons』) 脚色賞:ステファヌ・ドゥムスティエ(『La Fille au bracelet』) 新人作品賞:『Deux』フィリッポ・メネゲッティ 音楽賞: ローヌ(『La Nuit venue』) 撮影賞:アレクシ・カヴィルシーヌ(『Adieu les Cons』) 音響賞:ヨランド・デカルサン、ジャンヌ・デルプラン、ファニー・マルタン、オリヴィエ・ゴワナール 『思春期 彼女たちの選択』 美術賞:カルロス・コンティ(『Adieu les Cons』) 衣装デザイン賞:マドレーヌ・フォンテーヌ(『La Bonne épouse 』) 編集賞:ティナ・バズ(『思春期 彼女たちの選択』) 短編賞:『Qu’importe si les bêtes meurent 』ソフィア・アラウイ アニメーション賞:『ジョゼップ』オーレル 短編アニメーション賞:『L’Heure des ours 』アニエス・パトロン ドキュメンタリー賞:『思春期 彼女たちの選択』セバスチャン・リフシッツ … Continue reading 第46回セザール賞 威信かなぐり捨て、文化の危機を訴える。