パリの日本人

パリで活躍する日本人、パリに影響を受けた日本人にインタビューしました。

マダム・キミのシルバーラウンジ:菅氏

菅氏は1939年、東京生まれ。父は京大法学部を出、日本鋼管に勤務。菅氏は上智大卒業後1963年から大手航空会社に就職。2歳年上の自由学園卒の妻とは大学で知り合い結婚、生涯の伴侶に。定年後は息子2人、孫たちに囲まれ第二の故郷パリ郊外で50年来生活。数年前からエッセイ「フランス通信」を定期的にネット配信し、充実した...

マダム・キミのシルバーラウンジ:Y子さん

Y子さんは名古屋に生まれ、現在68歳。彼女の祖母は20世紀始め16歳の時、船でハワイとアメリカ本土に行き、カリフォルニアで邦人男性と結婚したが4年後に離婚して帰国したという。父親は町工場を経営。Y子さんは名古屋の大学の仏文科を出て、72年ミュンヘン五輪では通訳。77年シュトゥットガルト、ミュンヘンに滞在後パリに...

Restaurant Kigawa|記憶に残る、クラシックなフランス料理にこだわる。

紀川倫広さん(45歳)、紀川順子さん(46歳) 14区の住宅街にたたずむ、明るく上品な雰囲気のレストランKIGAWA。シェフ紀川さんのこだわりは、「クラシックなフランス料理」だ。大阪のホテルなどで働いた後、25歳で渡仏。南仏やリヨンなどの有名レストランで修行を重ねた。そんな中、食事に行ったパリのミシェル・ロスタン...

マダム・キミのシルバーラウンジ:とし子さん

東京生れのとし子さんは75歳。日系メーカーの仏支社に兄が勤めていたので、1969年に来仏。高度成長期に、駐在員や芸術家、料理店経営者、免税店で働く日系人が急増する中で、日本人会はパリ在住者の横のつながりを密にしていった。同会内の高齢会員のためにできたのがマロニエの会。故上野初代会長(料理店元経営者)を継ぎ、とし...

マダム・キミのシルバーラウンジ:みゆきさん

みゆきさんは1940年、北海道の小樽で生まれた 、4人兄弟姉妹の長女。警官だった父は出征しないで済んだ。終戦後、父の転勤に伴い北海道内各地で少女時代を送った。高卒後、東京の電気・放送専門学校の雑誌部で電器屋の息子と出会う。彼の「郷里に帰らんか」のラブレターに動かされて結婚し2児を産む。パリ帰りの若い女性の話を聞...

Nanan|お菓子も自分も、変わり続ける。

作家由希子さん(36歳) 子どもの頃からお菓子作りが趣味だった作家さん。短大卒業後、フランスで菓子職人になる道を選んだ。フェランディ校で学び、当時クリストフ・ミシャラクがパティスリーのシェフを務めていたプラザ・アテネでスタージュをした。「菓子作りから掃除に至るまで、一流の仕事を見られたのは今にもつながる財産です。...

マダム・キミのシルバーラウンジ:としこさん

とし子さんは、1943年東京生まれ。4歳の時、戦災を恐れた母親と伊東に疎開、父は戦死。戦後、東京に戻る。料理が好きだった母は、親戚が営んでいたレストランを手伝いながら、娘2人を育てつつ祖父の面倒をみた。母は妻を亡くした男性と同居、とし子さんは私立校に入る前にその義父の籍に入籍。銀座の和光に就職。24歳で退職し、...

みんなが喜ぶ料理と環境を作り出す仕事。和田茂行さん

和田茂行さん(43歳) 高知県生まれ、東京の大学で電気工学を勉強した後自動車関係のメーカーに勤めていたが、サラリーマン生活に違和感があり数年で退職した。次なるステップに選んだのは、パリで料理人になること。「海外に住んでみたかったのと、学生時代の居酒屋バイトで経験した料理をもっとやってみたくて。せっかくならフランス...

マダム・キミのシルバーラウンジ:『やどかりの人生』T子さん

T子さんは88歳。1973年に来仏して以来、日系金融機関に勤め、63歳で定年を迎えた。それからは、読書三昧の独身生活を愛猫とともに送った。 85歳の時、脳梗塞を患い、数日入院生活を送っていたところ、日本に帰る予定もその気持ちもないT子さんのパリでの余生を考え、以前彼女の親代りになってくれたフランス人女性の...
 

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