パリの日本人

パリで活躍する日本人、パリに影響を受けた日本人にインタビューしました。

マダム・キミのシルバーラウンジ:とし子さん

東京生れのとし子さんは75歳。日系メーカーの仏支社に兄が勤めていたので、1969年に来仏。高度成長期に、駐在員や芸術家、料理店経営者、免税店で働く日系人が急増する中で、日本人会はパリ在住者の横のつながりを密にしていった。同会内の高齢会員のためにできたのがマロニエの会。故上野初代会長(料理店元経営者)を継ぎ、とし...

マダム・キミのシルバーラウンジ:みゆきさん

みゆきさんは1940年、北海道の小樽で生まれた 、4人兄弟姉妹の長女。警官だった父は出征しないで済んだ。終戦後、父の転勤に伴い北海道内各地で少女時代を送った。高卒後、東京の電気・放送専門学校の雑誌部で電器屋の息子と出会う。彼の「郷里に帰らんか」のラブレターに動かされて結婚し2児を産む。パリ帰りの若い女性の話を聞...

Nanan|お菓子も自分も、変わり続ける。

作家由希子さん(36歳) 子どもの頃からお菓子作りが趣味だった作家さん。短大卒業後、フランスで菓子職人になる道を選んだ。フェランディ校で学び、当時クリストフ・ミシャラクがパティスリーのシェフを務めていたプラザ・アテネでスタージュをした。「菓子作りから掃除に至るまで、一流の仕事を見られたのは今にもつながる財産です。...

マダム・キミのシルバーラウンジ:としこさん

とし子さんは、1943年東京生まれ。4歳の時、戦災を恐れた母親と伊東に疎開、父は戦死。戦後、東京に戻る。料理が好きだった母は、親戚が営んでいたレストランを手伝いながら、娘2人を育てつつ祖父の面倒をみた。母は妻を亡くした男性と同居、とし子さんは私立校に入る前にその義父の籍に入籍。銀座の和光に就職。24歳で退職し、...

みんなが喜ぶ料理と環境を作り出す仕事。和田茂行さん

和田茂行さん(43歳) 高知県生まれ、東京の大学で電気工学を勉強した後自動車関係のメーカーに勤めていたが、サラリーマン生活に違和感があり数年で退職した。次なるステップに選んだのは、パリで料理人になること。「海外に住んでみたかったのと、学生時代の居酒屋バイトで経験した料理をもっとやってみたくて。せっかくならフランス...

マダム・キミのシルバーラウンジ:『やどかりの人生』T子さん

T子さんは88歳。1973年に来仏して以来、日系金融機関に勤め、63歳で定年を迎えた。それからは、読書三昧の独身生活を愛猫とともに送った。 85歳の時、脳梗塞を患い、数日入院生活を送っていたところ、日本に帰る予定もその気持ちもないT子さんのパリでの余生を考え、以前彼女の親代りになってくれたフランス人女性の...

Will /クラシックなフランス料理を、 しなやかな解釈と表現で。

大草真さん(41歳) 大草綾子さん(38歳)  「10歳のときには、料理人になると心に決めていました」。平日忙しく働く母親のために、休日くらいは楽をしてほしい、と朝食を作り始めたのが料理に目覚めたきっかけ。大学生の頃、山梨県甲府市の老舗フランス料理店でアルバイトを始め、そのまま料理人として就職した。4年間働き一通りの...

マダム・キミのシルバーラウンジ:GANBALO主宰 カズさん

カズさんは、NPO法人「GANBALO/ガンバロー」の主宰者。1949年東京生まれ。父は戦時中、満州従軍の後、繊維会社を設立。カズさんは青年時代に朝4時起きの弁当配達で渡仏資金を貯め、71年にアンカレッジ経由で来仏した。 パリではどんなことをしてきましたか。 来たばかりの夏は2カ月間、欧州10カ国2...

Café des Musées/美味しさを通じて、 楽しい時間を作りたい。

菊池大輔さん(39歳)  1924年からマレ地区の街角に佇む老舗ビストロ、Café des Musées。長い歴史の中、オーナーも料理人も数多く変わった。そして今、厨房を守るのが菊池大輔さんだ。  高校卒業後に料理人を志し、地元埼玉のフランス料理店で働いていたところ、フランスでの仕事の話が舞い込み即決。2カ月後に...

マダム・キミのシルバーラウンジ:パリを描く赤木画伯

赤木曠児郎氏は岡山市で生まれ、今年85歳。父は国鉄勤務中、徴兵され満州に。終戦2年後にロシア軍に釈放され帰還、国鉄に戻る。母は洋裁学校を経営。彼は岡山大理学部物理学科を出た後、上京し婦人帽専門店に弟子入り、そこで同郷人でもある10歳上の香与さんと出会い、結婚。学生時代からの絵も続け二科展に入選。1963年、2人...
 

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