連載コラム「シルバーラウンジ」

マダム・キミのシルバーラウンジ:としこさん

とし子さんは、1943年東京生まれ。4歳の時、戦災を恐れた母親と伊東に疎開、父は戦死。戦後、東京に戻る。料理が好きだった母は、親戚が営んでいたレストランを手伝いながら、娘2人を育てつつ祖父の面倒をみた。母は妻を亡くした男性と同居、とし子さんは私立校に入る前にその義父の籍に入籍。銀座の和光に就職。24歳で退職し、...

マダム・キミのシルバーラウンジ:『やどかりの人生』T子さん

T子さんは88歳。1973年に来仏して以来、日系金融機関に勤め、63歳で定年を迎えた。それからは、読書三昧の独身生活を愛猫とともに送った。 85歳の時、脳梗塞を患い、数日入院生活を送っていたところ、日本に帰る予定もその気持ちもないT子さんのパリでの余生を考え、以前彼女の親代りになってくれたフランス人女性の...

マダム・キミのシルバーラウンジ:GANBALO主宰 カズさん

カズさんは、NPO法人「GANBALO/ガンバロー」の主宰者。1949年東京生まれ。父は戦時中、満州従軍の後、繊維会社を設立。カズさんは青年時代に朝4時起きの弁当配達で渡仏資金を貯め、71年にアンカレッジ経由で来仏した。 パリではどんなことをしてきましたか。 来たばかりの夏は2カ月間、欧州10カ国2...

マダム・キミのシルバーラウンジ:パリを描く赤木画伯

赤木曠児郎氏は岡山市で生まれ、今年85歳。父は国鉄勤務中、徴兵され満州に。終戦2年後にロシア軍に釈放され帰還、国鉄に戻る。母は洋裁学校を経営。彼は岡山大理学部物理学科を出た後、上京し婦人帽専門店に弟子入り、そこで同郷人でもある10歳上の香与さんと出会い、結婚。学生時代からの絵も続け二科展に入選。1963年、2人...

マダム・キミのシルバーラウンジ:2019年3月1日号

 世界中で有名な黒田アキ。こんなに短く狭いラウンジに座ってもらうには恐れ多いアーティストだ。1944年、京都に生まれた。祖父は室町で呉服屋を経営、父は経済学者、洋画家だった叔父(黒田重太郎 1887-1970)は、1914-18年パリに滞在し、日本にキュビスムを紹介した1人。黒田氏は3歳から油絵を描きなぐった。65年...

マダム・キミのシルバーラウンジ:2019年2月1日号

   Cさんは87歳。画家のご主人(木原康行氏)と共にパリに来たのは49年前のこと。彼は少年期の病が元で35歳で聴覚を失ったが、銅版画界では希に見る創造性をもって数々の傑作を遺し、2011 年に亡くなった。未亡人となったCさんは、次女が待っている日本に帰ろうか、パリに居続けようか…、パリを自分の街として生き...

マダム・キミのシルバーラウンジ2018年12月1日号

 造形作家の嘉野稔氏は1930年、奄美大島生まれ、7歳の時、1人娘しかいない祖母の養子になる。芸大卒後、政府留学生として57年に渡仏し、国際大学都市日本館に入る。ロマネスク彫刻に心酔し、創作を続け、2007年にパリ郊外で亡くなった。未亡人のミサワさんは85歳。日本テレビの留学資金で渡仏した。日本語を教え、仏ラジオの日...

マダム・キミのシルバーラウンジ2018年11月1日号

 信州生まれの芦部氏は84歳、東京生まれの延子さんは82歳。1954年、芦部氏は19歳の時、横浜から船で渡仏。当時パリ16区に戦前からあったホテル「ぼたんや」で働いたが、1958年に経営者が亡くなり、パンテオン近くに小料理店を開く。遠い親戚の延子さんは1960年に来仏し、夫婦二人三脚のレストラン稼業が始まる。1963...

マダム・キミのシルバーラウンジ2018年10月1日号

     A氏(65歳)は栃木県の足利市に生まれ、父親は繊維機械会社勤務。A氏は20代初めに英国に留学中、仏女性と知り合い、4年滞在の予定を2年に繰り上げ、1976年パリに。2年後、郷里に戻る。英国、パリで付き合っていた彼女が足利に来て、1年後に結婚。日本語に興味のあった彼女は、足利の田舎に...

マダム・キミのシルバーラウンジ2018年8月1日号

     画家のトモコさんは1945年新潟県六日町生まれ。神主だった父親はプロテスタントに改宗、神学校に通い中学校教師を辞して牧師に。父の宣教活動と共に栃木県各地で少女時代を送る。高卒後、父が作った保育園で保育士も。小さい頃、父がくれた紙とクレヨンで絵を描くことに夢中だった。小学校時代にイラ...
 

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