エムバペの町、 可能性の町、 ボンディ。

エムバペの町、可能性の町、ボンディ。

“98年はフランスのサッカーにとって大切な年だった。キリアンが生まれた年だから。” (98年はフランスがワールドカップで初優勝した年)。町の入口にある住宅の壁に、誇らし気に掲げられた巨大な写真は、高速道路A3からよく見えた。

 今のボンディー市民ほど、自分の町に誇りを感じている人たちはいないだろう。サッカーのワールドカップでフランスを世界の頂点へと導いたキリアン・エンバペが生まれ育った町、ボンディ。ワールドカップの後、初めて10月にエムバペが帰郷するのを「町の歴史上最大の出来事!」とボンディ市長は讃え、5千人の子どもたちはスタジアムに歓声を響かせてヒーローを歓迎した。

 町で目にする「ボンディ、可能性の町 – Bondy, ville des possibles」のスローガン。人口5万4千人の4割が30歳以下という若い町は、2030年にはグラン・パリ大首都圏計画により、パリ都心や他の近郊の町と、メトロ15番線で結ばれる。 それによって「環状道路」という、今まで豊かなパリと郊外を隔ててきた象徴的な境界線が消え、文化的・経済的な環境、雇用の機会が平等になることが期待される。

 パリから北東に10キロ、ウルク運河に沿って歩けばボンディの港。早くから水運、鉄道、トラムが発達し自然にも恵まれたこの町には、1900年頃からパリの人びとが移住してきた。その後、地方やイタリア、ベルギー、スイスから、20年代に工業化が進むとマグレブから、今もアフリカ、スリランカなどから人々が移住してくる。様々な出身地の人々を迎え入れ、共生してきた歴史が、今ひときわ輝やかしく見えるボンディの町をたずねた。(美)

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Stade Leo Lagrange

Adresse : 60 avenue Pasteur , 93140 Bondy , France
アクセス :
◎RER E Gare de Bondy
パリHaussmann Saint- Lazard駅やMagenta(北駅)からは20分ほど。
◎トラム
Bobigny-Pablo Picasso⑤番線の終着駅から、路面電車T4に乗り、 Pont de Bondy下車。