スタイン一家の冒険。 “L’Aventure des Stein”

Henri Matisse
Henri Matisse “Femme au chapeau”, 1905 Sans Francisco Museum of Modern Art, don d’Elise S. Haas, San Francisco, USA © Succession H. Matisse. Photo:Moma, San Francisco, 2011
 1900年前後、パリに住みついたアメリカ人のスタイン家の人々(マイケルと妻のサラ、レオ、ガートルード)は、ピカソやマチスのコレクターとなり、自宅で芸術サロンを開いて、近代美術史上に大きな痕跡を残した。その散逸していたコレクションを再構築して見せたのがこの展覧会だ。
 4人には、自分の眼を信じる強さと、人の動きや輪を作り出すバイタリティと度量があった。
美術に造詣が深い画家志望のレオと、作家になる前のガートルードがまずコレクションを始めた。二人が1905年のサロン・ドートンヌで日がな眺めて、展覧会終了後に購入したセザンヌの「椅子に座る画家の妻La Femme de l’artiste dans un fauteuil」が階下の展示室にある。赤と灰色と青が、絵の中で静かに大きく動いている傑作だ。
 スタイン・コレクションの中心が後期印象派から前衛に移ったきっかけとなった記念碑的なマチスの「帽子をかぶった女Femme au chapeau」(写真)も展示されている。1905年、サロン・ドートンヌでスキャンダルを起こした作品だ。
 展覧会の一番の収穫は、血のつながった3人兄妹の影に隠れがちだったサラの役割がきちんと評価されていたことだ。夫に従う主婦ではなく、独自の鑑識眼を持っていた。マチスの忠実なコレクターとなり、アカデミー設立をマチスに提案して、その手配をした。アカデミーから才能あるドイツ人や北欧人の画家が輩出したことから、結果的にサラの影響力はマチス個人に留まらなかった。
 マチスを支持するサラに対し、ガートルードはピカソを支持した。二人は文学と美術における前衛だった。しかし、前衛もいつか大御所になる。後に有名作家になったガートルードは、大画家となったピカソやマチスの思い出を回想録「アリス・B・トクラスの自伝」に書き、大いに売れた。けれども、「事実を歪曲した利己的な書」として、マチスらから連名で抗議されている(抗議のパンフレットが、会場出口近くにある)。後年の彼女のコレクションには見るべきものがない。彼女の名声のおこぼれに預かろうという芸術家たちに囲まれていたのだろう。これは、前衛が前衛でなくなる過程を見せる展覧会でもある。(羽)
Grand Palais : 3 av. du Général-Eisenhower 8e
1月16日迄 12月25日以外無休。