『クロード・カーアン展』 “Claude Cahun (1894-1954)”

Claude Cahun, Autoportrait, vers 1929 Collection Neuflize Vie © Photo André Morin
Claude Cahun, Autoportrait, vers 1929 Collection Neuflize Vie © Photo André Morin
 自分を被写体にして、性と年齢を超えて男にも少女にも変身する写真家、シンディ・シャーマンの半世紀以上も前に、クロード・カーアンがいた。
 シュルレアリスムに身を投じ、前衛芸術の先端を走っていたカーアンの名前は、一般にはほとんど知られていない。
 本名はリュシー・ルネ・マチルド・シュウォブ。ナントのユダヤ系知識人の家庭に生まれた。リセで反ユダヤの嫌がらせを受け、イギリスの寄宿学校に避難したこともあった。
 15歳のころ、2歳上のシュザンヌ・マルゼルブと激しい恋に陥る。6年後、クロードの父がシュザンヌの母と再婚したことから、なんと二人は義理の姉妹になった。シュザンヌは生涯の伴侶で、表向きは姉妹ながら、カーアンの死まで連れ添った。
 カーアンの生涯は、社会的なコードに関係なく、好きなことをして生きた生涯だった。文学的エッセイ、批評、詩、写真など、多岐にわたる作品にそれが表れている。
 写真に写る彼女は、長髪のオリエントの女性風、頭を剃った性別不可能な人間、格子のシャツを着た男装の麗人のようなダンディ、金髪のかつらを付けたバービー人形…多数のネックレスを首に、光る布をまとって座った彼女は、一見黄金の仏像のようだが、衣装の下からにょっきり出た白い脚がなまめかしく、見る側は混乱させられる。 
 この時代に、このような芸術家がいたとは!  その生きっぷりも含めて、驚がくに値する。
 芸術においても政治においても、カーアンは革命志向だった。1939年には、アンドレ・ブルトンとレオン・トロツキーがマニフェストを作成した「独立革命芸術国際連盟」に加入している。
 第2次大戦中、ジャージー島に住んでいたカーアンとシュザンヌは、島を占領していたナチの兵士に寝返りをすすめる檄文(げきぶん)を書き、執拗に配布した。ちょっと変わった「シスターズ」の仕業とは誰も思わなかったが、足が付き、終戦の10カ月前に逮捕された。死刑を宣告されても、恩赦に署名をするのを拒否するという一徹さだったが、死刑は免れた。人間の心意気とは何かを考えさせられる、痛快な展覧会だ。ビデオもお見逃しなく。(羽)
Jeu de Paume : コンコルド広場、チュイルリー公園内。
9月25日迄。月休。