「オディロン・ルドンー夢の貴公子」

© service presse Rmn-Grand Palais/Herve Lewandowski
© service presse Rmn-Grand Palais/Herve Lewandowski

日本人はルドンが好きだ。ところが母国ではそれほど高い評価を受けておらず、一大回顧展は1956年以来だという。あちこちでつまみ食いのように味わって
きたルドンを一挙に見た。概して、このような機会には画家の意外な面を発見してうなったり、失望したりするものだが、今回もまさしくそうだった。
 最初の展示室はいい。1877年の、恨みを抱いたキリストの顔、ゴヤを思わせる『Diable enlevant une tête(頭を持ち上げる悪魔)』…。
 
ところが、エドガー・アラン・ポーを題材にしたシリーズを見ていると、「この人、マーケティングをやっているんじゃないか」と思えてくる。会場の説明を読
むと、ポーに対するフランス人の関心の高さに上手に乗ったようだ。上手いが、ゲゲゲの鬼太郎のお父さんのような目玉があちこちに出てくると、「またか」と
思う。
 入れ歯が中に浮いて光っている作品は、ゲテモノ趣味に陥りかねないきわどさだ。オカルト愛好家たちからも支持されたルドンは、今の時代なら、ニューエイジやスピリチュアル雑誌ご用達の画家になっていたかもしれない。
 
けれども、ルドンの作品を見進んでいくと、決してそうはならなかったろうと思えてくる。彼の作品には節度がある。洗練がある。溢れ出る想像力をどこかでせ
き止め、俗に陥らないようにしている力が働いている。自分の作品は絶対にイラストレーションではないと頑張っただけに、誇り高く、自らの世界をしっかり
守った。しかし、だからこそ、ルドンの作品には、一生懸命やっていて気がついたら向こう側に突き抜けていた、という到達感が感じられない(セザンヌとゴッ
ホにはこれがある)。神秘さも、海の深みの途中で止まっているような感じなのだ。
 一番印象に残ったのは、花瓶に野の花を入れた静物数枚である。
ヒナゲシのようなどこにでもある花が、花瓶とひとつになって、ローレライの歌のように見る者を危ない世界に引き込む。花なのか蝶なのか、それとも得体の知
れぬ生き物なのか。一見ただの美しい花なのに、魔力が漂う。この展覧会で一番怖い作品だ。(羽)
グランパレ:6月20日迄10h-20h(水金22hまで)。火休(5月1日は休館)。


グランパレ

paris
10h-20h(水金22hまで)、火休(5月1日は休館)