ルソーの静かな食卓 〈3〉


 近代の思想家たちに影響を与える作品を残したルソーは、アカデミックな環境とは程遠い環境で育っている。まともに学校に行くこともないまま、13歳の若さで職人の世界に弟子入り。師弟愛などかけらもなく、教育を与えるどころか、弟子に暴力をふるうような親方から逃れるためにルソーが考えたのは、カトリックへの改宗だった。

向かったのはジュネーヴから7kmほどのところにある小村コンフィニョン。そこで事情を聴いたドゥポンヴェール牧師は、ルソーをある庇護者の元に送る前に夕食を与えたという。ルソーの著書『エミール』(1762年)に、こんな一節がある。「かれはカルヴァン教徒として生まれていたが、ばかげたことをした結果、逃亡者になり、外国にあって、生活の手段もなかったので、パンにありつくために宗教を変えた」 (今野一雄訳) 。

 ここで気になるのは、当時のキリスト教徒たちがどんなものを食べていたのかということ。グルマンディーズ(食道楽、大食)と言えば、淫蕩や強欲、妬みといった七つの大罪のひとつだけれど、カトリックの教えでは、中世から食のもたらす喜びを否定することはなかったよう。太鼓腹の聖職者が登場する物語や歌は多いし、「être gras comme un chanoine (僧のようにまるまる太っている)」などという言い回しもあるほど。

肉食が禁じられている日でも、新鮮な魚や亀、エスカルゴ、ビーバー(!)などを食べていた。18世紀初めのモンペリエの司教によると、「飲み食いへの愛は、正しくかつ理性的であり得る」らしい。

 ただ、ルソーの生まれ故郷はジュネーヴ。禁欲的な宗教改革者で、プロテスタント神学書の著者でもあるカルヴァンが活動の本拠地とした町のことだ。パンが欲しいのでしょうがなく改宗したルソーだったが、42歳にプロテスタントに再び改宗している。(さ)