〈特集〉みんな大好き、バゲット!

 フランスを象徴するバゲット。宗教においては神聖なるものだし、copainもcompagnonも語源は「パンを分かちあう人」。為政者がパンを国民に行き渡らせることができなければ、革命だって起きる。一年前、初めてコンフィヌマン(外出禁止)となり、自由が奪われ、不安だった時に食べた焼きたてのバゲットは心と体に染みるようだった。どの時代もパンは、フランスとともにあり続けてきた。

2020年のパリ市バゲット・コンクールでは、チュニジア出身のタイエブ・サアルさんが優勝したが、これまでもチュニジア系パン職人の優勝者は多い。この10年間で2回優勝の快挙を遂げたジブリル・ボディアンさんは、セネガル系の人だ。そんな「多様性」も、バゲットがフランスを代表するにふさわしい。

この3月、バゲットがユネスコ無形文化遺産のフランス候補となることが正式に決まったのを機に、今回はバゲット特集。町でパンをかじる人、おいしいバゲットを焼くために日々、切磋琢磨する職人さん、フランスのパン職人を代表する人に会って、おいしいバゲットとは何か、ユネスコ登録の候補に選ばれるまでの経緯や、登録の意義について話を聞いた。(六)


ジャン=リュック・グリュファーズさんは、モンマルトル地区アベス通りの人気店 「オ・ルヴァン・ダンタン」でパンを焼くこと22年。リタイアしたオーナーのパスカル・バリヨンさんが2011年バゲットコンクールで優勝し、彼と一緒に大統領府のため、1年間バゲットを焼いた。ルヴァンとイースト両方を使って焼くバゲット・トラディションが人気。

バゲット誕生秘話。

 バゲットには様々な伝説がある。ナポレオンお抱えのパン職人が、兵士がズボンに入れて持ち運びやすいように細長いパンを焼いたのが始まりだとか、1900年頃、パリのメトロの工事現場でブルターニュ人とオーヴェルニュ人の出稼ぎ労働者が頻繁に喧嘩をしていたため、現場監督がナイフを持ち込ませないようにするため、手でちぎれるパンをパン屋に作ってもらったのだ、とか。または19世紀、パンや菓子パンのメッカだったウィーンのパン職人がもたらしたものだとする説もある。1839年パリに店を開いてウィーン風菓子パンで評判をとったアウグスト・ザングが、当時オーストリアで食べられていた楕円形のパンを売ったのがバゲットの起源だとか。

どれもまことしやかな、楽しい起源説なので書いてみたが、どうやらどれも違うらしい。

 スティーヴン L.カプラン教授がパン文化史について著した 『Pour le pain』によれば、バゲットの誕生は20世紀のこと。パン職人の仕事が近代化される過程と、富裕化する消費者の好みの変化など複数の要素が交差してできたものだという。17世紀からビール酵母を使ったパンは作られていたものの、当時の主流は小麦粉に水のみを加え、小麦粉に含まれる自然の酵母菌で作るパン種 (ルヴァン)を混ぜて作るパンで、1〜2キロほどの重さの、保存が効くものだった。しかしパリなど都市部の富裕な人たちは、焼きたての熱いパンを、1日に数回、欲しがった。だから小さくていい。そしてパンの中身(mie)よりも皮を好んだため、細長くなっていった。またルヴァンは発酵に時間がかかり、職人に長時間労働を課した。カール・マルクスはパン職人を 「白い炭鉱夫」と呼んだというほどパン作りは重労働で、働き方の変革が必要とされていた。1919年になってパン職人の夜間労働を禁止する法律が作られると、夜に仕事を始めるのではなく、早朝に始めるようになる。だがそうなると、朝一番のお客さんに売るためのパンを素早くこねて焼かないといけない。そこでルヴァンではなく、イーストを使ってパン生地を短時間で発酵させ膨らむようにした。形も細長くすることで20分ほどで焼けるようになる…。そんな事情が重なってバゲットが誕生したのだそうだ。作られた当初は都市部の富裕層のものだったのが、第二次世界大戦後、次第に広く社会に浸透した。

 しかしその大戦の後、クオリティー低下が指摘されるようになる。1960年から70年代に企業や学校の食堂が発達し、スーパーなどでもパンや菓子パンを販売するようになると大量生産技術がオーブンや保存方法とともに開発され、冷凍の生地を店で焼くようなところもでてきた。それに対して1993年の法律で規定されたのが「バゲット・トラディション」 だ。小麦粉、水、塩、イースト (またはルヴァン)のみを使い、添加物、冷凍は禁止されている。最低で3時間、長くて72時間ほど発酵させる。今でははパン屋さんの一番人気のアイテムになっていて、ユネスコの無形文化遺産登録の候補となっているバゲットは、この 「バゲット・トラディション」 のことを指すのだそうだ。

Fayard社刊、スティーヴン L.カプラン教授の”Pour le pain”(2020)


Pain en chiffres

105g

フランス人ひとり1日のパン消費量 (バゲット半分弱ほど。5年前は114g)。

96%

行きつけのパン屋に満足 (5年前は95%)。

60億本

フランスで1年に焼かれるバゲットの本数。

98%

の人がパンを毎日食べる。

87%

の人が家にパンを常備。

2021年4月L’Observatoire du pain調べ


おいしいバゲットとは?

 焼き加減の好みは“bien cuite” “pas trop cuite”など人さまざまだが、270℃前後(季節により微妙に変化)のオーブンで19分から20分、黄金色、キャラメル色に焼きあがった皮 croûte など、おいしそうな「見た目」は大切だ。職人さんによっては、焼けたをバゲットを手にとって軽く力を加えたときのパンが 「歌う」パリパリ、シャリシャリという音が、適度な皮の厚さ、かつ 「皮はパリっと中しっとり」の証だとする。味、香り、中身 mie (発酵により黄色味を帯びた生地の色、大小イレギュラーな気泡 alvéolesのでき方)なども、おいしいバゲットの大切な要素だ。

見た目。
大小イレギュラーな気泡、色。。。
香り


バゲットをユネスコ無形文化遺産に。

フランスパン屋・パティスリー連盟 (CNBPF)会長
ドミニク・アンラクトさん
 インタビュー

大統領府でマクロン大統領夫妻とアンラクトさん(右)、連盟のメンバー。
Photo : François Reinhart

「いいバゲットとは何かを、知ってほしい。」

「フランスにはおいしいパン屋さんが随所にあって幸せですね、と外国の方によく言われます。全国で3万3000軒、パリには1050軒のパン屋があります。乳児に歯が生えたらまず与えるのがパンの皮だったり、子どもの初めてのおつかいはバゲットということが多く、家族や仲間と食卓を囲むときはパンが中心となる。無形文化遺産に登録したいのは、そのようなパン文化であり、職人のノウハウです」と言うアンラクト会長はパン職人。父親も息子さんもパン職人だ。

4年前、ユネスコの文化遺産登録を思いつき、マクロン大統領の 「全面支援」の約束をとりつけると、研究者、人類学者、歴史家などから構成される専門家委員会と、上院議員を筆頭とする支援委員会を発足させた。ミーティングを重ね、書類やビデオを作成し働きかけた結果、2018年にバゲットは「フランス無形文化財」に。その後もアンラクトさんは全国を廻り、パン職人や地元議員から支援の署名を集めた。

上下両院では巨大ギャレットの試食会を催し、支援を要請。「バゲットとなると共産党から社会党、右派まで皆が支援を表明してくれスムーズでした。議員が幼少期のパン原体験などを綴った書簡が250通集まり、文化省の管轄下にある文化遺産委員会に提出。そこで、バゲットがユネスコ無形文化遺産のフランス候補になることが決まりました」。

全国を回りながら、支援の署名を集めた「Manifest de soutien 支援宣言」。こちらはマルヌ県のマニフェスト。

しかし登録で何が変わるのだろうか。「まず職人にとっての栄誉です。世界で認められたバゲットをきちんと作ろうという意識向上につながります。若い人にも興味を持ってほしい。パン業界は9千人の人材を募集しています」。そして啓蒙だ。ユネスコでの登録審査は来年だがそれまでの期間も、「子どもから老人まで、バゲットとは何か、いいパンはどういうものかを知ってほしい。また、日本はパン文化が発達していますが、そうでない国もあります。10月に開催される 〈パン祭〉では各国の国連大使たちにフランスのパン職人たちの技能を見てもらいたい」。登録されればパンを通じての国際交流も増える。「日本とは、例えば米粉パン作りなどの研究で交流できるかもしれません。〈ワイン街道〉のように〈パン街道〉の旅を提案するのもいいですね。地方によってパンもバラエティ豊かですから」。

 ユネスコ登録には、実はもうひとつ大切な理由がある。量販店との競争だ。「フランスでは年に1000軒のパン屋が閉店しています。1200軒が開店しますが、大企業のチェーン店が多いのです。工場から配達される冷凍生地を焼いて売る店では、技術の伝達がなくノウハウが途絶えてしまう。そういう店の多くは車でアクセスしやすい場所に店を開きますが、そこで安売りをすれば近くの村のパン屋が閉店に追い込まれ、村にはパン屋がなくなります。車のない、特に老人などはパンが買えなくなる。生活が崩れるのです。人口2000人の村にパン屋が一軒あるとパン職人、パティシエ、販売員、サンドイッチを準備する人、見習いなど少なくとも5人がその村で仕事を得られます。そして八百屋、肉屋など商店が並んで村の生活が築かれる。商店がなくなれば、村は通過するだけの場所になってしまう。さらに、フランス国土の4分の1は麦畑。パン作りのベースは地産ですから、パリの職人は近場のヴァル・ドワーズ県の小麦を使い、ブルターニュでは地元のバターを使いクロワッサンを作るなど、農業から製粉業者、パン製造までのローカルなネットワークがある。パン屋が潰れるとその経済構造にもヒビが入るのです」。

さらに、グローバル化の問題もある。「この10年でパリ市内の小型スーパーは200軒から700軒に増えました。パン屋のバゲットがおいしくても、人々はスーパーで買い物ついでにパンを買います。ところがそれらのパンは、例えばドイツの小麦粉がポーランドで生地にされ冷凍で輸入されていたりします。ここでも従来のローカル経済が打撃を受けるのです」。

おいしいパンを食べ続けられるか否かは、消費者も責任の一端を担っている。無形文化財登録が実現し、そんな警告が発せられる機会が増えればいいと願う。(編)

フランスパン屋・パティスリー連盟 (CNBPF)会長
ドミニク・アンラクトさん


「自家製」&フェアなパン屋保証ラベル

 「Boulanger de France」は自家製のパンを売る店と、よそからパンや菓子類を仕入れて売る店とを消費者が区別できるようCNBPFが作った新しいラベルで、パン屋さんのウィンドーに貼ってある。

1998年の法律で「生地づくり、発酵から成形、焼くまで全工程を行う店のみがboulanger(パン職人)、boulangerie(パン屋)と称することができる」と定められたがこの新しいラベルではパンに限らず、菓子パン、ケーキ類、キッシュやピザ、サンドイッチなども自家製であることが求められる。さらに、見習いを雇って育成し職能を継承すること、地産・季節の食材使用を優先すること、ゴミは分別し、売れなかったものは捨てずに寄付したり、飼料にすることなどが求められる。基準を守っているかどうかは認証機関 「ヴェリタス」が、監査を行うという。

バゲットの長さは決まっている?

 コンクールでは長さや重さが規定されることもあるが、店で販売するバゲットには規定はない (塩の「推奨」量あり)。値段も1986年までは政府が規制したが今は自由。パンの値段表を店の外から見えるようにするのは義務だ。付加価値税(TVA)はバゲットも菓子パン類も5.5%。店内で座って食べると10%に。

CNBPF主催のパン祭

パリのノートル・ダム広場で例年行われてきたパン祭だが、今年10月はどうなるか。

 フランスパン屋・パティスリー連盟主催のパン祭。例年は5月に開催されるが今年は10月に延期(詳細は追ってオヴニー紙上に掲載!)。2014年からは、全国バゲットコンクールが行われる。地方大会を勝ち抜いた職人たちが、会場で提供される小麦粉と塩、水、オーブンを使って焼くのだ。同じ材料や道具でも職人による出来の違いを審査員がチェックする。

みんな大好き!バゲット。

バゲットは一週間分、冷凍庫で保存。朝ごはんに食べます。大家族なの。
店を開いたら6ヵ月後にコンフィヌマン!売り上げは半減するし、最初は大変でした!
パリ2区 「Maison Collet」のマクシムさん。
毎日、シェフに追いつきたい!と思って頑張ってます。
パリ18区「Grenier à Pain Abbesses」澤本さん。


 

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