苦しませないために死ぬ前に眠らせる…

2015年に国会で可決された「末期患者の持続的な深い鎮静」によって死に至らせることを認めるクレ-レオネティ法が2017年2月2日に発布された。同法はオランド政権下で同婚婚法と並ぶ重要な法律だ。同法は自殺幇助(ほうじょ)や安楽死(ユータナジー)を認める法律ではないとする。末期患者看護協会会長フルニエ医師は、「この法律は思考力の衰えた患者よりも、50〜70代の苦痛に耐えられない患者を対象にし」、患者自身または近親者の同意の上で行われるという。ただ「鎮静剤による死への昏睡」が一般化するのを危惧する。

欧州評議会は1999年に加盟国に積極的な安楽死を禁止するよう勧告したが、2000年以降オランダ、ベルギー、スイス、独、英、北欧諸国などは消極・積極的自殺幇助と安楽死を認めている。一方、イタリアやポルトガル、スペインなどカトリックが根強い国は犯罪と見なす。

フランスは、02年クシュネール法が「患者の同意なしの治療を認めず、患者はいつでも拒否できる」とし、05年レオネティ法も患者と家族の意思を尊重し「常軌を逸した執拗な延命治療」を禁じている。が、治療する役から死なせる役に移るのに抵抗を感じる医師や看護士が多かった。従って末期患者の苦痛を緩和するケア(パリアティブケア)の充実が叫ばれてきた。今回発布された末期患者への明確な対処法によって、医師と患者・家族の間に存在してきたタブーが破られたと言える。

しかしながら、末期患者でなくても意識もない植物人間を人口栄養補給によって生かしておくか、安らかな死に向かわせるかの問題で家族が分裂し病院側と争い続けているケースがある。08年に交通事故で植物人間となったヴァンサン・ランベールさん(現在40歳)のケースだ。妻ラシェルさんは以前から夫が、万が一のときは延命治療などしないようにと言っていたとし、回復が不可能だと分った2014年以来、彼女と甥、8人の兄弟姉妹は主治医に人口栄養補給を止めることに賛成したが、ヴァンサンさんの両親と兄妹2人、もうひとりの甥は「それは殺人行為だ」として反対し続ける。

両親らは何度か主治医を告訴し、15年6月5日、欧州人権裁判所にも訴えた。同法廷は、欧州人権協約2条は「治療法がない場合は延命治療を停止することもできる」としている。16年、両親は国家評議会にも問題を提出し、17年1月19日、ヴァンサンさんの甥がオランド大統領に私信を送ったが、大統領は「この問題は大統領が判断を下す問題ではなく主治医が考えること」と返事している。「息子が生きていると信じている」両親は、事故から10年後、植物人間としてベッドに横たわる息子の息を感じとり続けている。仏教でなら冥途に向かおうとしている息子の足を両親が引っ張っていることになるだろう。

癌末期患者の中にはスイスの安楽死協会を介して死への道を選ぶ人もいる。ル・モンド紙(15-3-10)は、B夫人が末期癌の苦痛から解放されるためスイスの「安楽死協会」に登録し、自殺幇助を受けたケースを掲載していた。費用として、会費2400€+医師との2回の面談800€+雑費2400€+遺体火葬費1600€+スイス当局手続料1200€で計8400€、滞在費などを加えると約9000€(約113万円)かかるそうだ。一番むずかしいのは─どこまでも患者と家族の意思によるのだが─意識のない末期患者の場合、何日、何時に致死量以上の鎮静剤を摂取させるかを決めることだろう。最期にB夫人は枕元で見守る家族や友人に、揺るがぬ意思をもって「アデュ」と最期の別れの言葉を送り、看護士と「青い家」に向かったという。

フランスで毎年9万人の高齢者が亡くなる、58%は病院で、11%は介護施設、27%は自宅で(70%は自宅で死ぬのを希望するが)。同法に対し、カトリック、イスラーム、プロテスタント、ユダヤ教会が反対したが、2016年末の世論調査では国民の96%が安楽死に賛成していた。