「憎しみからは何も生まれない。」

ステファーヌ・サラドさん。

stephane-sarrade  昨年11月13日、日本の旅からフランスに戻って間もないユーゴ・サラドさんが、バタクランのテロ事件で亡くなった。ロックを愛しギターを弾く23歳の青年は、モンペリエ大学で人工知能の勉強をし、いずれは日本の大学で論文を書くことを目指す学生だった。あの日、モンペリエから電車でパリに到着しコンサートに行った後は、土・日を父親と過ごすはずだった。

 父親のステファーヌ・サラドさん(51歳)は、「息子は社会づくりに参加できなくなったが、他の若者には、憎しみに陥ることなく社会を築いてほしい」と事件の直後からメッセージを発してきた。昨年1月にシャルリ・エブドの編集部が襲撃された後は、息子のユーゴさんと、事件の背景にある社会から疎外される人々、過激思想への感化などについて話し合い、国粋主義が幅を利かせることを危ぶんでいたという。「人々が他者を恐れて、社会が分断されることを(テロリストは)狙っている。ひとつにならなくては」、というステファーヌさん。今、世界中の人に聞いてほしい言葉だ。

 知識や文化が、蒙昧主義と戦う武器だと教育を受けてきた。フランスは寛容の国。不寛容には政治であれ、宗教であれ、厳しく対処すべき、というのもステファーヌさんの信念だ。「悲しみに打ちひしがれているより、息子と共有していた価値観を伝えるべきだと思って」過激思想に感化された若者がシリアへ旅立った町の高校へ行き、話をしたりもする。将来への希望を持って欲しいからだ。

 息子ユーゴさんの日本留学の夢はかなわなかったが、他の学生が日本に行けるよう、2月に奨学金《自由基金》を創設した。ユーゴさん、ステファーヌさん、ステファーヌさんの父親もモンペリエ大学出身で、奨学金は同校の理・工学系の学生が対象。創設後まもなく賛同者からの寄付金が集まり、志願者の書類が届き、4月には最初の学生が京都へと旅立った。森の大火事をひとしずくの水で消そうとする小さなハチドリの寓話を引き合いに出し「自分ができる範囲のことをやる」と謙遜するサラドさんだが、創設から1年も経っていないのに、パリの学生が対象の別の奨学金も設けることができた。

 パリ南郊のサクレーで、フランス原子力・代替エネルギー庁に勤めるステファーヌさんは、研究者として学会などのために20年前から日本を訪れている。ポケモンで遊びながら大きくなったという息子のユーゴさんは、父親と旅するうちにやはり日本好きに。ステファーヌさんは今年の春、仙台の友人に会いに行き、ユーゴさんが好きだった松島の風景を眺め、一緒に数珠を作ったお寺を訪れた。

 今月、サラドさんは事件後の1年を振り返る文章を自分のブログに投稿した。最後に「風立ちぬ、生きる努力をせねば」とヴァレリーの一節を引用し「逆風が吹いた道を振り返りながらも、生きる誘惑に身を任す。ユーゴが望むことだと思うから」と結んでいる。(集)

自由基金に関する情報:
http://www.fdsweb.univ-montp2.fr/actualite/bourse-jiyuu-hugo-sarrade-candidature-1093