マダム・キミのシルバーラウンジ:9月1日号

小畑リアンヌさん(63)は『なにやってんだろう  私-このままフランスで死にたくない』の著者。26歳の時、絵を学びに観光ビザで来仏。少し免税店で働き、2年後に帰国したが、パリで知り合ったフランス人男性が日本まで求婚に来た。彼は当時、電話会社に勤務。トゥールーズに土地を買って家を建てたが、夫は遠距離の支社で働き、週末しか帰宅しない。彼は53歳の時、癌のため死去。

現在リアンヌさんは、寡婦年金と失業保険を受けながら一人暮らし。息子はカナダに、娘はパリでアメリカ人の夫と子供2人と暮らす。

ご主人の家族やお姑との関係はどうですか。
夫は留守がちだったので南仏の田舎町で、子供を抱えながら、慣れない仏語で家計や書類関係を一人でやりこなす苦労は並大抵ではありませんでした。姑や夫の姉が手伝ってくれるならまだ救われましたが。夫の死後、銀行から市役所、生命保険の書類まで、特に24年間妻だった私に他人がなりすまして、書類を提出するという詐欺に遭うところでした。私が妻であることを証明しなければならなかったことなど、普通では考えられないことが起こり得るのです。

お子さんたちとのコミュニケーションは?
息子とはひらがなで簡単なメールをやり取りします。娘にも日本語でメールを送りますが、情緒的なことは理解できないと思います。彼女は日常的には英仏語を使っていますので日本語が面倒になると仏語で答えてきます。メールでの短い文の日本語と仏語では表現と発想がまったく異なります。英仏語は言葉対言葉のやり取りなので、娘が仏語で高飛車なメールを送ってきたので、最近ケンカをしてしまいました。日本語では、自分の言いたいことが言えないのでしょう。主人が亡くなってから9年になりますが、子供や孫とあまり日常的なつながりがないと、バカンス毎に娘のアメリカ人の夫と、フランス語か英語しか通じない孫たちと2、3週間一緒に過ごす時、何となくギクシャクした関係になります。もちろん日本に帰ったとしても、「私はフランスで何やってたんだろう」と甘いどころかむしろ苦いだけの後味しか残らないでしょう。でも両親もいない日本には、もう言葉通りの孤独しか待っていないでしょうね。