ノルマンディーの作家と食 〈6〉

maupassantモーパッサン初の長編小説『女の一生』(1883年)は、約5年の年月をかけて書き上げられた。師匠のフロベールから「これこそ真の小説!これこそ真のアイデアというもの!」と小説の構成を激励されて、意気揚々と執筆を始めたモーパッサン。だが、書きなれた短編小説とは違う長編小説の難しさや神経の病が影響し、完成までには予想以上に時間がかかった。執筆中に敬愛するフロベールが亡くなったことも、この小説が難産になった原因のひとつだろう。師匠の死から1年は孤独にさいなまれ、小説を書くことはおろか、生きる意味さえ分からないといった状態が続いた。
その師匠は、生前、愛弟子によくこう説いた。「なにかを描きたいと思ったら、その対象を長い間じっくりと観察して、今までに誰にも書き表されたことのない側面を見つけなくてはいけない」。『ボヴァリー夫人』(1857年)というフランス文学の傑作を世に残した作家は、こうも言っていた。「この世には、そっくり同じ二粒の砂は存在しない」。
『女の一生』は、ノルマンディー地方に降る大雨の描写から始まる。この小説の前年に発表された『フィフィ嬢』でも止むことのない雨の描写が印象的だったが、ここでも、夜中から始まり朝になっても降り続ける雨が、まるで物語のひとりの登場人物のような存在感を放っている。「大雨は、夜通し、窓ガラスと屋根にものすごい音をたてて降っていた。低くたれこめて水気をいっぱいに含んだ空が、まるで裂けでもして、地面にすっかり水をあけ、土を牛乳粥のようにどろどろにし、砂糖のように溶かすのではないかと思われた。」(新庄嘉章訳)…大雨の中、陰鬱な表情を浮かべながら、大地に目をこらすモーパッサンの顔が浮かんできそうだ。(さ)