自転車とローラーとヌーヴェル・ヴァーグが好き。

zizique01「私が3歳の時に、あの車が発売されたのよ」と、オリジナルは私なのにと言いたげな顔。でもそれは他ならない自分の名前だし、そう呼ばれたい名前だから。クリオ・トゥルヌー(本名)はステージネームを「クリオ」としてデビューした。生まれも育ちもフランスの極東、フランシュ・コンテ地方の主邑(しゅゆう)ブザンソン。「日本人にはね、国際指揮者コンクールで弱冠24歳の小澤征爾を優勝させた町として知られているんですよ」と言ったら、「あ、そう」みたいな短い返事。(クリオは口数の少ないシャイな娘さんで、インタビューはかなり苦労した)。

しかし小さな頃から物を書くのが好きで、真っ黒なノートが何冊もたまった。「絵を描くのも好きだったんだけど、全然上手くならなくて」と。デビューアルバムのブックレットにはクリオの手書き歌詞カードところどころに(上手ではないが微笑ましい)自筆デッサンが。物語や詩を書く少女は20歳の時に、自己流でギターとピアノを覚え、それからシャンソンを作るようになった。

大学では近代文学を専攻し、その修士論文として、17世紀田園文学オノレ・デュルフ作の小説『アストレ』を映画化したエリック・ロメール監督作品『我が至上の愛〜アストレとセラドン〜』(2007年)の論考を書き始めた。しかし論文は書き終わらない。「私はロメールに会いたくて、何度かコンタクトしたのよ」。その論文提出の年、2010年ロメールが89歳で亡くなってしまう。クリオの論文は未完のまま、その代りにひとつの歌が生まれた。

 Eric Rohmer est mort
(エリック・ロメールは死んだ)

おそらくこの4月のデビューアルバムの前にクリオを知った人たちは、国営ラジオ局フランスアンテールから流れてきたこの歌によってだったはず。同局の新人アーチストコンクールにクリオはエントリーしていて、その4人の審査員のうちの2人、アンドレ・マヌーキヤンとアラン・シャンフォールはクリオの才能を高く評価し、「フランソワーズ・アルディのデビュー時を想わせる」とまで言わしめた。それをラジオで聞きつけた人たちのひとりに怪優ファブリス・ルッキーニ(ロメール映画に多く出演していた)がいて、すぐにこの無名の新人歌手に会いたいとコンタクトを取ってきた。なぜならこの歌は彼を育て、彼が愛してきたロメール映画そのものが凝縮されていたのだから。

  エリック・ロメールが死んだ
でも私はもっともっと見たいの
郊外電車の中の恋人たちを
人々が手をつなぐパリの公園を
海辺のそぞろ歩きを
マリー・リヴィエールの声を
様々なカフェでのランデヴーを
アイデのおへそを
哲学教授たちを
メトロの中で本を読む人たちを…

特別なシネフィルでなくても、私たち中高年はロメール映画の風景を世代の記憶(メモワール・コレクティヴ)として共有している。歌詞の中のマリー・リヴィエールやアイデ・ポリトフといったネーム・ドロッピングも、憎いまでにフラッシュバック効果をもたらす。その映画世界の内部の立役者のひとりたるルッキーニが、クリオの歌を一聴で惚れ込み、俺も歌いたいと申し出たのだ。(アルバムの最後にボーナストラックとしてルッキーニがヴォーカル参加しているヴァージョンが収められている)。
その世代には珍しくヌーヴェル・ヴァーグ映画を集中的に見ていたそうで、特集上映会があればパリまで出かけて行くほどの熱心さだった。「どうして映画の方向に行かずに音楽を選んだの?」と聞くと、「私の本領は詞だし、短い時間でその世界を作ることだから」と。それでもデビューアルバムの中にはいかにも映画的な瞬間描写のような歌がいつくかあり視覚に訴えてくる。パリ、オスマン通りの一方通行をクラクションの一斉怒号を浴びながら自転車で逆行していく「オスマンを逆に」(1曲め)のイメージは、ヌーヴェル・ヴァーグっぽい懐かしさ。ちょっと体臭がきついけどそれが魅力の彼、床屋で奇体な髪型にされたばかりにデートを断られる男、10本の指を絵の具だらけにして描いたのに失敗した恋人のポートレート…。どれも短編映画の味わいがある歌だ。プレスのアルバム評はバルバラやアンヌ・シルヴェストルを引き合いに出すものもある。
シャイなように見受けられたが、2014年からは前述のフランスアンテールだけでなく、フランスやスイスのシャンソンコンクールの優勝を奪って、新人賞荒らしのような経歴がある。アルバムには自転車がらみの歌が2曲あるが、自転車とローラースケートをこよなく愛し、ル・マン24時間ローラーレースにも参加したことも。自然体なライフスタイルと映写機的観察眼が同居するユニークなシンガーソングライターの登場である。パリでのコンサートは、4月20日(木)Café l’angora、21日(金)Le Limonaire、そして26日(火) Les Trois Baudets。

文・向風三郎

 

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