浮雲だより:12月15日号

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11月13日の夜、会社で仕事をしていると友人から「無事か?」という電話が来た。私の家はバタクラン劇場の近くなので危険だから帰るなと言う。意味もわからずニュースを見ると、信じられないことが現在進行形で起きていた。家に帰るくらいなら平気だろうとメトロに乗ると、最寄りの駅は閉鎖され、その先の駅で降りると道路が封鎖されていた。辺りは警察、消防、救急車両で騒然となる。家には帰れない。どこかで爆発音がした。

会社に戻り、事態の深刻さに愕然とする。今夜はホテルに泊まるしかない。レセプションの男性に「大変ですよ。銃撃で100人以上犠牲者が出ていますよ」と言うと、彼は言った。「僕の国のパキスタンではテロで毎日100人ずつ死んでるよ」

人には、身近で経験していないことは、まるで絵空事のように思う愚かさがある。でも、たった今世界のどこかで起きている紛争も、70年前、500年前の戦争も、どれも人間の仕業で、私たち全員に関わることだ。なぜ暴力が起こるのか。いくつもの理由が絡まり、過去に遡り、「なぜ?」の歴史は人類の歴史に重なるのかもしれない。

パリの事件の「なぜ?」も様々に語られている。なかでもトマ・ピケティの見解*は印象的だ。「イスラム国」の台頭は、西洋諸国が石油利権のために起こした湾岸・イラク戦争や、 石油資源を持つ中東の一部の君主国が富を占有して利益を地域の発展に還元しないことなどに関係し、フランス生まれの若者のテロへの参加は、高い失業率と移民出自の人たちへの就職差別、ヨーロッパの緊縮策が社会統合も雇用創出もせず移民のアイデンティティを巡る緊張を高めていることなどにも関係するという。そして、公平な社会の発展によってこそ憎しみは克服されるだろう、と彼は言う。

世界は結局、人間一人一人の集合体だ。過去には戻れないが、せめてこれからの生き方に個人としての理想を持ちたい。金や権力の亡者、差別主義者にはだまされたくない。様々な異なる人々が行き交うパリの東側と郊外で起きた悲しい事件。今までより積極的に、希望を持って、皆が共存できる道を探したい。パリと世界中の罪なき犠牲者たちのためにも。(仙)

*Thomas Piketty , 2015年11月21日付 Le Monde