浮雲だより:11月15日号

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 4年前から住むアパートは最上階にあり、窓から大きく空が見える。そこには雲が浮かんでいる。雲は刻々と姿を変えながらしばらく空を通り過ぎると、やがて遠くへ去って行く。同じ雲には二度と会えない。
雲といえばボードレールを思い出す人も多いだろう。

– Eh! qu’aimes-tu donc, extraordinaire étranger?
– J’aime les nuages…
 les nuages qui passent… là-bas… là-bas…
 les merveilleux nuages!

「ああ!じゃあ一体何を愛するんだ?途方もない変わり者よ」
「僕が愛するのは雲です…流れ行く雲…ほら、あそこに…あそこに…あの素晴らしい雲!」*

 先日友人に子供が生まれ、赤ちゃんの写真が届いた。大きく見開いた目。何を見つめているのだろう。瞳の光の行き先を探ると、青空の雲や夜空の星を眺める時と同じように、無限遠に焦点を合わせているかのようだった。もしかすると生まれる前にいた所、遥か彼方を思い出しているのかもしれない。
ところで赤ちゃんは一旦生まれてくると本人の意思とは関係なく名前がつけられて、自分が選んだわけではない人々に囲まれて暮らすことになる。徐々に自分を取り巻く世界が広がり、偶然や意志の力で様々な事件に遭遇する。こうして人の数と同じだけの歴史が紡がれて行くことになる。

 第二次世界大戦が終わって70年。でも相変わらず世界では戦争が起きているし、これからも人々は争い続けるだろう。人間同士を断絶させようとする欲望が人間そのものから生まれるのだから途方に暮れてしまう。赤ちゃんの瞳にはそんな欲望は見当たらない。そこにいるのはひとりの人間だ。昔も今もこれからも、生まれ、生き、去り行くどんな人たちも例外なく、私たちは皆赤ん坊だった。

 浮き雲には下界にいる小さな人々がどう見えるのだろう。雲になれない私は地面に張り付いて生きている。ここには、苦しくてもがいている人もいるし、断絶された心の溝を埋めようとする人もいる。簡単ではないけれど、心の風通しだけはよくしておこうと思う。(仙)

*Charles Beaudelaire, L’Étranger, Le Spleen de Paris (1869)