ポーランド人巨匠の、21世紀の死生観。

『11 minutes』

© Zootrope Films

『11 minutes 』は、ある夏の日のワルシャワで、17時から11分の間に起きた話である。ただここでは、複数の人間の11分が交錯する…女優とその夫、彼女をホテルの一室で面接する映画監督…ドラッグをバイクで配達する青年…ホットドッグを屋台で売る前科者…ホットドッグを頬張る修道女たち…犬を連れ歩くパンクな女…高層ビルの窓拭き業務の合間に逢い引きする男と女…質屋に強盗に入る若者…封鎖されたアパルトマンから一家族を救出する救急隊員…といったものすごく沢山の人々の人生の一篇が断片的に脈絡をもたずに、次から次に積み重ね描かれる。

この手の群像劇スタイルの映画(フランス語では Film Choral:コーラス映画という言い方をする)は別に珍しくない。例えば、古くはロバート・アルトマンの傑作『ナッシュビル』(75)、近年ではアレハンドロ・G・イニャリトゥの『21グラム』(03)や『バベル』(06)を思い出す。

この『11 minutes 』が他とちょっと違うのは、それぞれの話、その前後関係や登場人物の行動のモチベーションや心理等々にいっさい深入りしない点だ。観客は「いったい何でこの人はここでこんなことをしているのだろう?」と考えながら(でもその答えは最後までないまま)次から次へと展開する場面に見入る。集団劇の多くは、ある時点で登場人物たちが関係をもったり、一つの物語に収束されていったりするのだが、本作はそういうわけでもなく、17時11分に突然起きる惨劇に巻き込まれる登場人物とそれを傍観する登場人物に分かれる。彼らの共通点はこの日のこの時間に、その連鎖事故現場近辺に居たということだけだ。

監督は、60〜80年代に大活躍した後、17年の沈黙を破って『アンナと過ごした4日間』(08)で監督復帰した、ポーランドが生んだ巨匠の一人、イエジー・スコリモフスキ。21世紀の死生観は、以前にもまして「人生の一瞬先は闇」なのである。4/19(水)公開。(吉)