ブリジットブーム

ファーストレディのイメージを破る

L’OBS(17-6-6 ) 「ブリジットブーム」

 米大統領トランプが30歳下のメラニアと夫婦なのは不思議ではないけれど、マクロンが24歳年上の当時39 歳だったブリジット先生を射止めたとは! 50年代生まれの女性にブリジットという名前が多いのは、ブリジット・バルドーがバディム監督の56年作『素直な悪女 Et Dieu … créa la femme(そして神が女をつくった)』で、女性像をくつがえした時期と重なるからだろう。それにしても63歳のファーストレディ(ファーストグランドマザーでもある)が39 歳の大統領より24歳年上とは! この点が、特にアメリカ社会では認めがたい「異端的」カップル像となっている。
 教師時代からジェーン・フォンダ的容貌でミレイユ・ダルク風ブロンドのボブカット、デニムパンツに黒の革ジャン、そして今はルイ・ヴィトンの黒のジャケットやバレンシアガのライトブルースーツ…従来のファーストレディスタイルとはかなり異なる。

師弟関係から熱列な恋愛関係へ
 ブリジットさんはアミアンの5代続くお菓子屋トロニュー店の娘。カトリック系私立高校のフランス語の教師となり、銀行員オジエール氏と結婚し娘2人、息子1人を持つ(現在7人の孫がいる)溌剌とした教師だった。マクロンの両親は二人とも医師。彼女が受け持った演劇クラブに、全ての学科が最優秀のエマニュエル君が参加する。その頃から、二人の視線は離れなくなる。彼は15歳、彼女は39歳。師弟関係が10年続いた後で恋愛関係になり、家族・縁者、同僚、市の名士まで猛反対した。賛成してくれたのは昔中高校の校長だったエマニュエルの祖母、彼が小さいときから勉強をみてくれた博学なおばあちゃんだった。

ブリジットを愛するようにフランスを愛する大統領
 口数の少ないブリジットさんが昨年『パリ・マッチ』誌のインタビューで明かした当時の状況によると、二人とも恋愛にのめり込み始めていた頃、彼女はエマニュエルにパリの名門校アンリ4世高校に行くようにすすめたとき、17歳の彼は「先生がどうなろうと先生と結婚します」と宣言したという。二人の熱烈な関係は11年続き、ブリジットさんは離婚し今から10年前、二人はめでたく正式に結婚した。だがブリジットさんはフェミニストではなく、夫一筋に全力をつくす、夫にはなくてはならない相思相愛の相談役兼妻なのだ。マクロンは選挙運動中に何度か「ブリジットを勝ち得たようにフランスを勝ち得る、ブリジットを愛するようにフランスを愛する」と演説したものだ。

どんな環境でもアムール(愛)が第一
 マクロン夫婦が現代社会に与える影響は大きい。ドゴールを除く戦後の大統領たち、ポンピドゥー、ジスカール、ミッテラン(40 歳のとき18歳のアンヌ・パンジョーさんとの恋に落ちる)、シラク、サルコジ、未婚のままセゴレーヌ・ロワイヤルとの間に4人の子どもを持つオランド(前恋人トリエヴェレールさんは米国で”ファーストガールフレンド”と呼ばれた)と、恋愛・不倫関係のなかった大統領はいないといっていい。それはアムールを優先した宮廷時代と同じと米国のメディアは皮肉る。
 今日、更年期を過ぎた50歳以上の女性に希望を与えたのもブリジットさんなのだ。でも日本の方が進んでおり岸恵子さんはその先をいく。著書『わりなき恋』(幻冬舎)は70歳でも女性は恋ができることを書いている。そう、女性は60歳以降、孫を持ってから人生の本番が始まるということをブリジットさんは身体、感性、知性をもって体現しているのだ。

 マクロンは従来の伝統的習慣を無視し、政治でも二大政党制を崩し、政治地図から境界線を外してしまった。新政党「共和国前進」党に保守・中道・エコロジー・社会党各派の賛同者を呑み込み議会での過半数獲得を目指す。今まで公私ともども胸をはってこれほどの社会・政治変革を同時進行させようとする政治家は少ないといえる。