ノルマンディーの作家と食 〈14〉

モーパッサン作『ベラミ』(1885年)の主人公デュロワのふるさとは、ノルマンディー地方の片田舎、カントルゥ。亡くなった親友の妻だったマドレーヌを自らの妻に迎えたデュロワは、「きれいな御婦人」である彼女にせがまれるかたちで、この地にずっと暮らす年老いた両親のもとを夫婦で訪れる。

カントルゥに近いルーアンに向かう汽車の中で、デュロワは自分の両親は「ほんとの百姓」で「喜歌劇に出てくる百姓」とは違うと説くけれど、根っからパリジェンヌのマドレーヌは聞く耳持たず。ひたすら、美しい小説や戯曲などの文芸作品に描かれる田舎暮らしを思い浮かべてうっとりしている。

果たして、現地についたマドレーヌは、夢に描いた田園生活とはまったく違う現実に意気消沈。長年の労働で歳以上に老け込んだ義理の両親、洗練されているとはいいがたい田舎の風習を前に、戸惑う気持ちを隠せない。義理の母が出す「皿のとり合わせがめちゃめちゃ」の「百姓の長い昼飯」にもほとんど口をつけない始末だ。羊の肉、豚の腸詰、オムレツ、そして「甘い泡の立つ褐色の林檎酒」など、せっかくのもてなしも空しい。

「太ったみずみずしい百姓女」を理想の嫁としている母は母で、着飾ったマドレーヌのことは「まるで商売女」としか思えず、やはりその食は進まず……。このふたりの女性が相容れないのは、世代の違いでもなければ性格の違いでもない。モーパッサンが描いているのは、虚構の世界が似合うきらびやかなパリと、懐かしくも土臭い田舎との対決なのだ。

女心ならお手の物のデュロワは、妻の失望を敏感に感じ取り、3日ほどの滞在予定を早々に切り上げることに。そして、あろうことか、まるで手切れ金のように両親に二百フランを置いて、彼を虜にしているパリの社交界へと帰っていくのだった。(さ)